中国最大の商業・金融・工業都市・・・上海
ノスタルジーをおぼえる上海租界
のどかな水郷古鎮の風景が広がる・・・同里
上海旅行日程(4日間)
日付 |
日数 |
ル − ト |
泊数 |
タイムテ−ブル・内容 |
2008年
12/19
(金) |
1 |
長 崎 → 上 海
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3 |
13:15発→13:50着(上海)
上海市内観光、森ビルなど。 |
20(土) |
2 |
上海市内 |
上海市内観光、博物館、豫園 |
21(日) |
3 |
上 海 → 同 里 → 上 海 |
水郷の町・同里観光、上海蟹
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22(月) |
4 |
午前:上海市内
午後:上海 → 福岡 → 長崎 |
- |
上海市内観光、魯迅公園、新天地
18:00発→20:40福岡着 |
旅のコース
1.上海航路今昔
安政の開港直後に英国の汽船会社によって長崎・上海定期航路が開かれたが、その後、大正12年(1923)には長崎丸、上海丸の2隻が長崎・上海航路(日華連絡船)に就航し、日本と中国を一昼夜で結ぶ最短ルートとして、日中交通に新時代を画した。
太平洋戦争の始まる前年には3隻目の神戸丸が長崎で建造され就航したが、昭和17年(1942)5月に長崎丸が伊王島沖で味方の機雷に触れて沈没、半年後には神戸丸、18年秋には上海丸も戦火の海に消えてしまった。
これらの連絡船は、長崎港岸に住む幼少の私など、その往来する姿をよく眺めたものである。今では懐かしい思い出だが、このころから海外への淡い思いを馳せらせていたのかもしれない。
それから時は流れて約半世紀後の昭和54年(1979)9月、長崎・上海定期航空路が開設され、かつての長崎・上海航路にかわる国際航空路線がスタートした。現在は、中国民航から社名変更した中国東方航空が毎週月曜と金曜に就航している。一衣帯水の指呼の間にある長崎と中国・上海。昔も今もその縁は切れない間柄にある。
2.上海へ
短い上海の旅は地元長崎空港出発である。上海遊友倶楽部(中国との友好促進団体)主催のグループ旅行で、参加者は9名。これに今回は特別に地元TV局のKTNテレビ長崎の取材班2人が同行し、総勢11名の旅となった。空港で顔合わせ挨拶が終わり、しばらくすると出発である。
定刻の13時15分、快晴の長崎空港を飛び立った中国東方航空機は一路西へ向けて飛行する。地方空港発ということで、さすがに乗客は少なく、空席が目立つ。上海までの飛行時間はわずか1時間25分。これは長崎から東京へ飛行するよりも20分も短い時間である。これで長崎〜上海間が一衣帯水の指呼の間にあることが実証されるというわけだ。
だから機内サービスもあっという間に、慌しく行われる。水平飛行になるや否や飲み物のサービスが始まり、次いで魚orチキンの食事が配膳される。ひとしきり食事が終わり、配膳が片付けられると、機は早くも下降体勢に入る。
出入国カード・税関申告書
配られたカードの記入項目はいたって簡単な内容で、
・姓名
・生年月日
・国籍
・パスポート番号
・中国内の滞在先
・ビザNO.(ビザがある場合)
・フライトNO. 0r 船舶名
以上の項目になっている。
このカードは入国カードと出国カードの2片つながりになっており、同じ内容を記入して係官に提出すると、出国カードは切り離されて渡される。これは紛失しないように出国時まで保管しておく。
税関申告書は特別の条件項目に該当する場合のみ申告すればよく、申告必要のない場合はフリーパスで到着ロビーへ出られる。
上海・浦東国際空港到着
カードの準備ができると、いよいよ着陸態勢に入る。やがて高度は低くなり、窓から上海の街が見え始める。あれは揚子江(長江)だろうか? 空は快晴なのだが、地上は霞んではっきりとは見えない。霧なのかスモッグなのか判別ができない。間もなく、どす〜んという震動とともに滑走路に無事着陸。長崎空港からの飛行時間1時間25分で上海浦東国際空港へ到着である。気温14度と温暖である。
川が見えてくる。揚子江? or 黄浦江?
郊外の住宅街が見える
上海浦東国際空港に到着
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