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 NO.8
(アメリカ編)




6.ワシントン・・・・屈指の犯罪都市はホテル不足
 
ワシントンへ
第十一日目。今日はワシントン行きである。雲ひとつない青空の中を八時過ぎ発のアムトラック(アメリカの鉄道のこと)に乗って走り出す。車内では賑やかな小学生の子供たちと乗り合わせる。四人の教師に引率されているのだが、その一人に「どこか遠足に行くんですか?」と尋ねると、「三泊の修学旅行でワシントンへ行きます。」という。十二〜三歳の子供たちで2クラス合併の四〇名が一緒に旅行しているという。この車両には私以外の一般乗客はいないらしく、闊達に騒ぎ回る子供たちを時折教師が“静かにしなさい”と制している。
 

子供たちの様子を微笑ましく眺めているうちに、列車は十時過ぎ二時間かかってワシントン・ユニオン駅に到着。この駅の建物はギリシャ・ロ−マ建築を模したといわれ、そのスケ−ルはフィラデルフィア駅より一段と広大で、中には百以上の店舗が入ったショッピングセンタ−や地階の大カフェテリアなどがあって、ワシントン名所の一つとなっている。駅舎の正面入り口には、パリの凱旋門のように三枚の大きな星条旗が垂れ下げられ、ゆっくりとひらめいている。
 





アメリカの鉄道アムトラック(ワシントン・ユニオン駅)













ワシントン・ユニオン駅










早速、ホテル探しから始めなくてはと駅の構内をうろついてみる。と、「乗客サ−ビス」という掲示が目にとまり、そこに入ってホテルの紹介はしてもらえないか尋ねてみると、黒人の係員がOKといいながら一枚のホテル案内のチラシを見せ、ここに自分で電話せよと受話器を差し出してくれる。相手はすぐに出たが、「ソルダウト」とこれまたすぐに断わられる。そのことを告げると、係がホテルの一覧表を見せてくれる。でも、どの場所かもわからず無鉄砲に掛けまくってもまずいと思い、観光案内所に頼ることにしようと礼をいって退散する。
 

地下鉄
そこで地下鉄に乗って観光案内所に向かう。ここの地下鉄の美しさには驚いた。カマボコ型の駅の空間はゆったりと広く、照明はすべて間接照明になっている。そのためやや薄暗い感じはあるものの清潔できれいだ。車両も広くて美しく、乗り心地もなかなかよい。欧米各国の地下鉄体験者からいわせてもらえば、ここの地下鉄がこれまでのナンバ−ワンだ。
 

ホテル探し
メトロセンタ−駅で下車し、案内所に向けて歩き始める。この近くと思われるところにホテル・ワシントンが目にとまり、そこに寄って尋ねてみると、観光案内所は最近閉鎖されなくなってしまったという。唯一の頼みの綱を断ち切られ、宿探しの不安が暗雲のごとくのしかかってくる。空室はないかフロントに尋ねても、ただ首を横に振るだけである。他のホテルを紹介してくれと頼んでも、市内のホテルはどこも満室だといって取り付く島もない。「え、えっ! またもやホテル探しに泣かされるのか!」と、一年前のオスロのことがふっと脳裏をよぎる。 


そこで意を決し、フロントで二十五セントコインを二ドル分両替してホテルの公衆電話から掛けまくることにする。しかし、どのホテルも受話器のむこうから聞こえてくるのは「ソルダウト」の返事ばかりである。なかには、はなから「電話は受け付けられません。」と留守電にしているホテルさえある。コインも全部使い果たし、これ以上電話しても無駄かなと断念する。じゃ、仕方ないから予定を変更して駆け足観光を終え、フィラデルフィアへ引き返すしかないなあとあきらめ、気があせり始める。
 

市内観光
偶然にも、このホテル前が観光バスのストップになっているというので、早速チケット(十五ドル)を購入して待つ。これはオ−ルド・タウン・トロリ−という名称の観光ツア−で、緑とオレンジ色の車体のトロリ−バスが三十分間隔でワシントン市内の観光ポイントを回っている。十七ヶ所のストップポイントがあり、その日の間は乗り降り自由である。どこにも降りずに一巡するだけなら、二時間足らずで観光できる。 


やって来たツ−トンカラ−のバスに乗ると、陽気な黒人(男性)が一人で運転しながらユ−モアたっぷりのガイド役も務めている。ル−トは国会議事堂、ホワイトハウス、スミソニアン博物館、ナショナル・カシ−ドラル、ジョ−ジタウン、ケネディセンタ−、ポトマック川、リンカ−ン記念館、ワシントン記念塔などを巡って行く。時間があれば自分の好きなところで降りて観光し、また飛び乗って次のポイントを回れるのだが残念なるかな時間が許さない。半分ぐらいしか聞き取れないガイドの説明を受けながら、ただじっとバスの車窓から緑深い首都の街並みを眺めやるだけである。それでも結構な観光ができる。
 





アメリカ国会議事堂















ポトマック河畔の公園















美しいポトマック川










「今日は運がよければクリントン大統領に会えるかも分かりませんよ。」とガイドが運転しながら期待を持たせる。すると突然、「みなさん本当にラッキ−だ。ほれ! あそこにクリントンさんがいますよ!」というので、みんな一斉に前方へ視線を移す。そして、どこにいるのかなあと探していると、「あそこです!」といいながら右前方の建物にある二階のショ−ウィンドウを指している。なんと、そこにはクリントン大統領の大きな肖像画が掲げられていて、こちらを向いてにっこり笑っているではないか。それを見て、みんなどっと大笑いする。今度は各国大使館が両側にズラ−ッと並んでいる下り道にさしかかると、その数百メ−トルの間に並ぶ大使館の名前をバスが走るのに合わせて一気に唱え挙げてみせるのである。そして、最後には息も切れ切れになって、「フ−ッ」と大きな深呼吸をしてみせる。それがなんともお見事で、みんな拍手喝采である。
 

ポトマック河畔にさしかかると、川幅いっぱいに豊かな水量をたたえて両岸を緑で覆われた美しい光景が飛び込んでくる。この河畔一帯は広大な公園になっていて、その昔日本から贈られた桜の並木も見られる。対岸にはア−リントン墓地もあるが、時間がないので省略せざるを得ない。
 

首都ワシントンの治安の悪さは米国の大都市の中でも際立っているという。犯罪発生率は全米屈指で全米平均の二倍近くもあり、なかでも未成年者による凶悪犯罪は増加傾向にあるという。未成年者の逮捕件数の半数以上が深夜・未明の六〜七時間に集中している。そのため首都ワシントンでも、六月初め次のような未成年者の夜間外出禁止条例が決定された。十七歳以下の未成年者が対象で、平日は夜十一時から翌朝六時まで、週末は午前零時から翌朝六時まで外出禁止という内容である。違反した子供は保護者が引き取りに来ない限り、その一晩を施設に収容したうえで、罰として最長二十五時間の公共奉仕。保護者にも最高五百ドルの罰金が科せられる。(九五年六月十八日付、日経新聞より)
 

そんな人間たちの動きをよそに、ここワシントンの緑は心にやすらぎをもたらすかのように青々と豊かに茂り、どこへ行っても美しい陰影をつくり出している。この地も緑に染まった美しい首都だ。市内は雑踏や喧騒もなく、静かでゆったりとした雰囲気に包まれている。ここが全米屈指の犯罪都市とはとても思えないのだが……。
 

またまたホテル探し
バスがユニオン駅に来たところで下車し、ここで昼食をすませてから午後の列車でフィラまで戻ろうと考える。でも、その前にもう一度だけ、この駅に観光案内所がないかを念のために調べてみようとコンコ−スに出る。ちょうどそこに観光バスの切符売りガイドがいるので、ホテルの予約ができる案内所がないか尋ねてみると、残念ながらここにはないという。でも、電話で掛けるホテル案内のパネルがコ−ナ−にあると教えてくれる。
 

そこを探して行ってみると、確かにホテル案内のパネル表示があるではないか。その利用の仕方についての説明文を懸命に読んでいると、なんとその横に日本語の説明文もあるのだ。「案内板に表示されているホテルの番号を備え付けの直通電話でダイヤルせよ。」とある。案内板には十数軒のホテル名とそれぞれの所在位置を示す地図が書いてある。日本の駅頭にもたまに見かけるシステムである。


これ幸いとばかり、順に電話を掛け始める。四ケタの数字をダイヤルするだけで、簡単な上に無料なので大変ありがたい。相変わらずどこも満室とのことで、すげなく断わられ続けていたのが、なんと五軒目になってやっとOKがとれる。あきらめていただけに喜びもひとしお大きく、これでゆっくり予定の観光ができるぞと小踊りする。何事も最後まであきらめずに手立てを尽くすことが肝心と、ここでも教訓を得る。最寄りの地下鉄駅を聞いて地番をメモし、早速ホテルへ急ぐ。
 

ホテルへ
メトロセンタ−駅で下車し、何人かに道を尋ねながら目的地に近づくとホテルの建物が見える。他にホテルは見当たらないので、確かにここのはずだがと思って見ると「シティホテル」と表示されていて目当てのホテルとは名前が違う。おかしいなあと思いつつ、すぐ隣の食品店に入ってオヤジさんに聞いてみると、やはりこのホテルだという。なんとこのホテルは二つの名前を持っているのだ。お客には本当にまぎらわしいかぎりだ。でも、宿泊料金が安く、朝食付きでシングル一泊五千円台である。あれだけ探し回ったのに、こんな安いホテルが取れてありがたい。
 

やっとチェックインして部屋を見ると、なかなか小ぎれいで感じがいい。息もつかず小バッグから着替え類を放り出してカメラだけを入れ、早速観光へ繰り出す。ホテル探しでまだ昼食も取っていないので隣の食品店に行き、そこでド−ナツとミルクを買う。食品店といっても倉庫を利用した店舗の感じで、黒人のオヤジさんが一人で店番しているだけである。お客もいないので、レジの前で立ち食いしながらオヤジさんと話し込む。日本は長崎から来たこと、原爆を体験したこと、B29爆撃機のこと、オヤジさんも戦地で戦ったことなど、戦中の思い出話に結構花が咲く。ホワイトハウスの近くなので、その道順を教えてもらい、握手を交わして店を出る。
 

ホワイトハウス
歩いて十数分でホワイトハウス前にやってくる。広々としたグリ−ンの庭園の中に白亜の建物が五月の陽光に光り輝いている。敷地の周囲は鉄製のフェンスで囲まれ、門の付近には数人のシ−クレット・サ−ビスが警備している。ここが世界の政治を動かす中心地とは思えないほど、のどかで静かな風景が広がっている。この前で、一枚記念写真を撮ってもらう。
 





ホワイトハウス(正面)










今度は裏側へ回ってみようと、広い敷地の周囲を左回りにトボトボ歩き始める。その側面の通路も並木と芝生に覆われた緑地になっている。その遠くまで続く両側の並木の空間に、ワシントン記念塔が美しくそびえ立っているのが見える。この石柱の塔は、初代大統領の偉業をたたえる記念塔である。一八八六年に公開されたこの塔の高さは一六九メ−トルで、石造建築物としては世界ナンバ−ワンである。この地では、この美しいモニュメントがどこからでも見られるように高い建物を建てることを禁止する条例がある。
 







 向こうにワシントン記念塔が見える















ハウスの真後ろに出ると、同じようにフェンスで囲まれ、背高の木々が植えられた広大なガ−デンが広がっている。この庭では、時折、突発事件が起こって警備陣を悩ましている。何年か前には、変わり者のパイロットがセスナ機でこの庭園に突っ込んで来たり、今年になってからも何かの事件があった。
 





ホワイトハウス(裏庭)










ところがこともあろうに、ここでこうして見物したその夜十二時頃、このホワイトハウスの庭園に中年男が侵入してシ−クレットサ−ビスと撃ち合いになり、その一人が重傷を負うという発砲事件があったのだ。犯人はすぐ逮捕されたのだが、翌朝のテレビニュ−スでそのことを知り、人ごとならず驚き入ったのである。そういえば、そのころ救急車のピ−ポピ−ポという音で目が覚めたのだが、その事件関係のものだったのだろうか。さすがは屈指の犯罪都市、その片鱗がうかがえる。
 

2回目の市内観光
最初に乗った観光バスストップのホテル・ワシントンが近くなので、そこから再びバスに乗ってもう一度市内観光を楽しもうと企む。チケットを忘れたので胸に目印のシ−ルを付けただけで乗車しようとすると、黒人女性の運転手が「チケットを見せて。」という。そこで、「どこかに置き忘れた。」というと、「OK」といって乗せてくれる。前回乗った男性の運転手に比べて彼女のガイド振りは活気に乏しく、あまりパッとしない。同じコ−スを回るので比較できて面白い。乗客は私の他に三人連れだけなので、彼女もあまり気合いが入らないのかも知れない。
 

ジョ−ジタウンで三人連れが降りると、バスはたった私一人だけの貸し切りになる。これは珍しいと悦に入っていると、彼女が「この先のコ−スはまだ回っていないのですか?」と聞くので、「一度回りました。」と返事する。すると、「それじゃ、お客さんの降りる場所まで送ってあげましょう。このバスが最後で終わりなんです。どこで降りますか?」というではないか。ポトマック河畔をもう一度見たかったのに少々残念だなと思いながら、でも再度所望するのも気の毒だから、「ユニオン・ステ−ションへお願いします。」と返事する。「OK。二十分で着きますよ。」と彼女はいいながら、コ−スを抜けてユニオン駅へ直行する。
 

「この運転手を何年やっているんですか?」と尋ねると、「二年になります。それまでは、同じこの会社の事務をしていたのですが、希望してこちらへ回してもらいました。この仕事のほうが自分に合っています。」という。彼女からは、「どこから来たのか」、「ここは初めてなのか」、「ここの印象はどうか」、「次はどこへ行くのか」などと質問の矢が飛んでくる。こんな会話をしているうちに二人を乗せたバスはユニオン駅に到着、チップ一ドルを受け箱に入れて別れを告げる。
 

カフェテリアで夕食
夕食を食べようと駅の地階をのぞいてみると、それは壮観な光景が目に飛び込んでくる。広い地階のスペ−ス全体に何十店舗というさまざまな種類の飲食店がぎっしりと並んだ大カフェテリアで、大勢の人が好みの食品をとって食事している。ここではあらゆる種類のファ−スト・フ−ドが楽しめるのだ。一階に戻り、目当てのカフェテリアでチキンとスパをもらって夕食にする。この店にはビ−ルがないというので、料理をテ−ブルに置いたまま隣の酒店からビ−ル一本を買い込み、これを持ち帰ってグイと飲みほしながら食事する。その後、ニュ−ヨ−ク行きのチケットを購入してホテルへ戻り、日課の洗濯をすませてテレビを見ながら静かな夜を過ごす。



(次ページは「スミソニアン博物館見学」編です。)










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