N0.10





これは何だ?
車窓に流れる砂漠の風景の中に、何やら変わったものがあって折角の砂漠風景を邪魔している。あれはいったい何なのだろう? 碁盤の目のように整然と枯れ草が植えられている。あれは確かに人工的なもののようだが……。それに、細く黒いパイプ様のものが何本も地面を這わせてある。いずれも初めて見る光景に、疑問だらけである。これらは後で分かることになるのだが……。
 

碁盤の目に埋め込まれた枯れ草

車は直線道路を快適に走る。行き交う車もほとんどなく、たまに離合するくらいである。ここを運転したら、さぞかし爽快だろうなあ? 


どこまでも続く直線道路

だが、道路の両側側面には、どこまでも途切れることなく枯れ草の植え込みがあって大砂漠の景観を妨害している。そして、数kmごとに赤とブル−のツ−ト−ンカラ−に色塗りされた小屋らしきものが道路の両側に配置されている。この砂漠の中に、いったいこれは何のためなのか?
 

赤とブルーのツートーンカラーの小屋が砂漠に映える

私の想像では、どこまでも広がる砂丘だけしか視野に入らない砂漠の1本道をひた走るのだとばかり思っていたのだが、予想に反してその念願の風景は見られない。私にとって、これらの存在は“異物”以外の何ものでもない。やはり、昨日の朝のようにラクダに乗って砂漠に入らなければ砂一色の本格的砂漠風景は見られないのだろうか? この走行する車の座席に座って眺める限り、最後まで純正砂漠風景は見られないのだろうか?
 

そんな失望にも似た思いにひたりながら流れ行く車窓風景を眺めていると、路傍で休憩ストップとなる。路面に降り立つと、とにかく今、まぎれもなくタクラマカン砂漠のど真ん中に立っているのだという実感がわいてくる。だが、この人工的な舗装道路と植え込みの中では……。それが無理とは分かっていても、見渡すかぎり砂漠一色の中に、砂に埋もれながらたたずんでみたいのである。
 

タマリスク
道路ばたの植え込みに入ってみると、枯れ草とヘビのように伸びた細いパイプの間に何やら植物の苗木が植えられている。


タマリスクの苗木とパイプ。枯れ草の埋め込みも見える。

その一つはタマリスクで、他にもう一種の苗木が植えられている。このタマリスクはピンクの花を咲かせる樹高1〜2mの樹木で、乾草や熱に強く、砂の移動にも強いので砂漠に植栽される樹木に適しているという。また、タクラマカン砂漠では塩が地表に白く浮き出てくる塩類集積がみられるが、タマリスクはこの塩分にも強い耐塩性という特性を持っている。これらの理由から、砂漠の植林としてタマリスクが選ばれるわけである。
 

タマリスクはこんなピンク色の花を咲かせる


流砂防止の大事業
中国人民は、この砂漠公路を造るにあたって途方もない試みを実施している。それはこの流動砂漠の中に敷設した522kmの道の両側に、その流砂防止のための施策を施そうというのだ。それがこの枯れ草の植え込みであり、タマリスクの植林であり、そしてまたこの黒く細く延々と伸びるパイプなのである。
 

葦の植え込み

つまり、流砂を固定して道路が砂で埋まらないように、その両側30〜50mの範囲に網の目状にわたって束ねた葦を埋め込んだのである(これは方草格といわれる)。これが枯れ草のように見えたわけである。そして、この葦は遠く600kmも離れたコルラから運ばれたという。それを埋め込んだ面積は気の遠くなるような膨大な広さになる。
 

さらにその方草格の間にタマリスクなどの植林を延々と行い、しかも細く長いパイプを植林に沿って何本も敷設し、それによって点滴灌漑を試みようとする。さらにまた、その灌漑用の井戸を両側に一定間隔で掘り、そしてその灌漑と井戸を管理するために管理人を住まわせる管理小屋まで設けようとする。この気の遠くなるような大事業は、万里の長城を築いた民族でなければ到底できないことかもしれない。万里の長城に比べれば、彼らにはそれくらいへっちゃらなのかもしれない。実際にタクラマカンの砂漠公路の中に立ち、その道路管理の様子を目の当りにして、この一連の設備のあまりの壮大さに感嘆の声すら出て来ない。
 

タクラマカンはうごめいている!
ここで砂漠のことについて少し話を進めよう。ウイグル語で「入ると出られない」の意味を持つタクラマカンは、サハラ砂漠に次ぐ世界第二の砂漠で、その広さは日本の国土の87%にあたる32万7400k 。私は今、その中央に近い一角に立っている。ここにそのまま立ち尽くしたら、そのうち楼蘭のように砂に埋もれることは間違いない。そう、この砂漠は流動砂漠で絶えず移動しているのである。それは風によって、また水によって移動するという。この砂は風に吹かれて西南から北東へ北東へと移動している。そして水が西北から南東へ運ぶという。こうしてタクラマカンの砂は全体的に右回りに回っている。
 

ところで、この砂はどこから生まれるのか? そのメカニズムはこうである。氷河の圧力による岩石の破壊、岩にしみ込んだ水の凍結よる膨張破壊、強烈な太陽の熱などによる膨張破壊(岩に含まれる鉱物の膨張率の違いによって壊れる)などで岩石が崩れて礫になる。その礫がこすれ合って砂になるという。というわけで、山に近いほど礫砂漠になりやすく、離れるほど砂砂漠になりやすい。
 

このことは、これまで走って来た砂漠の風景を見れば一目瞭然である。カシュガル→ホ−タン→ケリヤ→ニヤと走って来た道は崑崙山脈に近いル−トであり、その地域に広がる砂漠は瓦礫が散乱する泥砂漠である。ところが、山脈から遠く離れて砂漠公路の奥深くに入ると砂砂漠が広がっている。この事実が、このメカニズムを如実に証明しているといえよう。
 

この砂漠は、その表面の状態によって幾つかに分類される。岩盤がむき出しになった岩石砂漠、荒い砂や礫で覆われ、表面が舗装されたように平らになっている礫砂漠、土に覆われている土砂漠、そして砂砂漠である。砂砂漠の代表的なものがタクラマカン砂漠で、全体が砂丘に覆われている。この砂砂漠の特徴は砂が移動することで、砂の移動が砂丘をつくり、砂丘は絶えず姿を変える。こうして砂丘は、前述のように西南から北東へ風に乗って運ばれて行く。その先はどうなるのか? そのことは不明だそうである。しかし、タクラマカン砂漠がこうして大きく循環し、生き物のようにタリム盆地をうごめく砂漠であることは間違いない。
 

タクラマカンに地下水が?
タクラマカン砂漠の不思議は、その地下に大量の水が貯えられているということ。この砂漠地帯では年間わずかな降水量しかないのに、それはいったいなぜ? その理由はこうである。タクラマカン砂漠は南に崑崙山脈、北に天山山脈、西にパミ−ル高原という6000〜7000m級の山々に囲まれている。それらの山脈は山越えの大気から大量の雨や雪を降らせる。氷河が砕いた砕石は雪解け時に麓に流れ下る。
 

こうして大量に吐き出された砂と水は河となってタリム盆地を南西から東北へ流れていく。この時、河に入りきれなかった水は地下に吸い込まれて伏流水となる。だから、前述したように井戸を掘れば水が湧くのであり、それを植林の点滴灌漑用に利用しているのである。砂漠公路の維持管理は、こうした壮大な大自然のうねりをうまく利用して行われているものである。
 

話をもとに戻そう。休憩が終わると、再びバスに乗って北へ向かって走り続ける。いま外に降り立った感じでは気温30度ぐらいだろうか? 地面はかなり熱いが流れる空気はさほど熱暑の感じはしない。車窓からは遠くに広がる砂丘の稜線と道路脇の植え込みとパイプラインが眺められるだけである。砂丘が壁になって、その向こうの遠景が見えない。平坦ではないから地平線が見えないのだ。たまに砂丘が途切れて地平線らしきものが見える時もある。砂砂漠には砂丘があるから、それを望むのは無理な話なのだろう。
 

遠くに砂丘が広がっている


方草格の向こうに砂丘の稜線が・・・


手前の砂丘が途切れた向こうには海のような砂丘がひろがっている


砂丘の波が押し寄せる。手前は方草格。


砂漠の中に小山ができている。なぜ〜?(その理由はのちほど・・・)


砂漠の中にグリーンベルトが・・・
路側帯に植えられた植林も、所によってはかなり成長して、きれいなグリ−ンベルトを見せている区域がある。ここではかなり早くから植林されて成長したのだろう。この砂漠の中の砂一色の中に緑の帯が見られるのが不思議な感じがしてならない。まさに万里のグリ−ンベルトといえるもので、この様子だと、技術と財政面の条件さえ整えば、この砂漠を緑化するのも夢ではなさそうに思えてくる。ゆるやかなアップダウンがある以外は、ほとんどカ−ブのない直線道路をバスは北へ北へとひた走る。路側には1kmごとに砂漠公路ゲ−トからの距離を示す小さな標柱が立っている。


万里のグリーンベルト? 


砂漠公路の中間地点・塔中
ホテル出発から6時間、砂漠公路の入口から3時間以上かかって、やっと中間地点の塔中に到着。ここまでで全行程860kmのうち400kmぐらいは走破したのだろうか? 「塔中」とはタリム(塔里木)盆地の中心という意味を示しているのだろうか? なんと、この砂漠の海の真っ只中に基地の町があるのだ! ここにはガソリンスタンドや数軒の飲食店がある。そのうちの1軒に入って昼食となる。


塔中のカソリンスタンド 


このレストランで感動的な昼食を取る


感動の昼食
砂漠の中の食堂にしてはこぎれいな感じの店内に入ると、なんと冷蔵庫やク−ラ−も備えられて室内はガンガン冷えている。奥には別室もあってそこへ案内される。これは中央アジアのキジルクム砂漠横断の途中で立ち寄ったドライブインとは大違いである。(ここをご参照)椅子に座って一息ついていると、冷えたビ−ルがどんどん運ばれてくる。ええっ! これは〜! この砂漠のど真ん中でガンガンに冷えたビ−ルが飲めるなんて、夢にも思わなかったことだ。電力は自家発電なのだろうか? ここに到着してから予想外の出来事に驚くことばかりである。
 

う〜ん、この冷えたビール! 大砂漠のど真ん中とはとても思えない。

まずはビ−ルで乾杯していると、奥の調理場の方からパッタンパッタンという麺打ちらしい音が聞こえてくる。しばらく待っていると、大皿に盛られたおいしそうな麺が運ばれてくる。打ちたての麺なのだ。これに次いで4種類の具が入った皿が運ばれてくる。ラグ麺の料理なのだ。早速、これらの具をトッピングにしてツルツル〜とひとつまみを口に入れてみる。う〜ん、これはうまい〜! 適度な太さとコシコシ感のある麺で、食べ心地の良い歯応えである。ちょうど、讃岐うどんのコシの強さに似た感じである。
 

打ち立てのラグ麺に感動

麺類大好物の私にとって、これは申し分のない麺である。これまで数回ラグ麺料理が出たが、そのどこよりもおいしいものである。こともあろうに、このタクラマカン大砂漠の真ん中で、こんなにおいしい麺に出会うとは……。これに冷えたビ−ルをゴクリゴクリと飲み干しながらいただくのだから、もうたまらない。周りを見ただけでも喉が乾いてくるこの灼熱の砂漠の中でである。この思わぬ料理とビ−ルの歓待に、みんなは感激感動することしきりである。こうして、この砂漠の中の料理は、今度の旅の中の最高のものとなり、忘れ得ぬ思い出の料理となって脳裏深く刻まれることになる。
 

食後に、麺打ちを見せてもらおうと、奥の調理場をのぞかせてもらう。だが、それはすでに終わったらしく、別の料理の下ごしらえの最中である。熱気の中で4人の若手の料理人が忙しく働いている。


調理場では下ごしらえ中

ここを出てメインル−ムに行くと、壁にメニュ−が掲げられている。主食は麺ばかりらしく、100円程度の品目がずらりと書いてある。これに特色菜として400〜500円程度の品々がリストアップされている。この僻地の砂漠の中で、これだけの食材を揃えるのだから恐れ入ってしまう。これを取り寄せるのにも、何百kmの距離を運ばなくてはいけない。
 

メニュー板。砂漠のど真ん中でもこんなに安い。

ピカピカのトイレ
外に回ってトイレに入ると、これにも驚いてしまう。豪華ホテルのトイレのように、清潔でピカピカと輝き、もちろん水洗トイレときている。水は地下水だろうが、その汚水処理はどうしているのだろう? ここではオアシスの町よりも電力と設備費にかなりの投資をしているのがうかがえる。大砂漠の中心にありながら、それをこれっぽちも感じさせない食材と各種の設備に、ほとほと感服してしまう。ほんとに、すごい人たちである。
 

ピカピカのトイレは清潔感にあふれている


左がチェルチェンへ向かう塔且公路。右が通って来たニヤへの塔中公路。


塔中の門


砂漠公路のルート

感動的なラグ麺の昼食のひとときを過ごすと、再び砂漠公路走破の後半に入る。車窓から眺める風景は前半と似た光景が展開し、流れ去っていく。時には成長した樹木のグリ−ンベルトが単調な砂漠の風景に潤いを添えたり、葦で固めた草方格の整然とした柄模様が出てきたり、砂丘のなだらかな稜線が遠くに眺められたりしながら、一行の車は北に向かって快適に走行する。
 

美しいグリーンベルト


きれいな方草格の碁盤目模様

それは“快適”と言えるほど、舗装道路は振動することもなく直線に伸び、車内の冷房も効いて暑さはそれほど感じない。7年前の中央アジアのキジルクム砂漠横断の時に比べると、それは雲泥の相違である。あの時は車内冷房も熱暑で効果なく、暑さで頭がぼ〜っとなるほど辛い旅であったが、この砂漠公路縦断は意外なほど快適なのである。今日はその覚悟で臨んだが、肩透かしをくらって、ほんとにラッキ−なことである。
 

塔中からかなり走ったところで、トイレ休憩となる。道路脇に降り立ってみると、ここの植林はかなり成長した様子が見られ、点滴灌漑が効果を示していることが分かる。珍しく晴れ上がって青空が広がり、その上、風もなくて砂嵐の心配もない。砂漠縦断にはうってつけの穏やかな日和である。この青空の下に広がる砂漠の大地に立ちながら青空トイレをするなんて、爽快この上ないものである。滅多なことではできない貴重な体験であり、良き思い出にもなることだろう。
 

植栽された木に可愛い花が・・・



(次ページへつづく・・・)










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