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           NO.4




エーゲ海クルーズ

第二日目。昨夕から眠り続けていたので、今朝は五時に目覚める。たっぷりと寝たので疲れも時差ボケもすっかり取れて爽快な気分である。昨日、町で仕入れたパンと牛乳で朝食をすませ、エ−ゲ 海クル−ズ行きの迎えのバスをフロントで待つ。間もなく、バスに拾われてエ−ゲ海一日クル−ズの発着港フリスボス・マリ−ナへ向かう。                       






エーゲ海クルーズの豪華客船が並ぶ







港のあちこちには大型の豪華客船が停泊しており、さすがはエ−ゲ海だなあと胸が高鳴る。残念なことに、われわれが乗船するクル−ザ−は二百人乗りくらいの小型クル−ザ−である。九時近くになって、いよいよ出航である。船内を見回すと、日本人乗客は我輩ただ一人である。曇り空の中、船はすべるように港を出て行く。思ったより風がある。沖合に行くにつれて風は次第に強くなり、白い波頭が立ってしぶきがかかるのでデッキにおれなくなり、キャビンに入る。


中にはさまざまな国の人たちがテ−ブルを前にして座っている。こういう場は初めてなので一瞬たじろいだが、見つけた空席に思い切って座ることにする。周りはみんな連れ合いと一緒で、楽しい話に花を咲かせているが、私だけはポツンと独りぼっちをかこつしかない。話している言葉から聞き分けるとフランス、ドイツ、アメリカ、イタリア、スペイン、ギリシャなど、私を除いて全部が欧米の人たちである。


その中でアメリカのハイティ−ンと思われるカップルは、キャビンの隅のほうの席で、抱き合ったまま離れようともしない。それもイスに座った男性の膝の上に女性がまたがる形で抱き合い、そしてじっと見つめ合い、長いキスを交わしている。まったく周りの人たちは眼中になく、ただ二人だけの世界に浸っている。この光景は夕方、港に帰港するまでずっと続くのである。こういう場面に慣れない日本人の私などは、その大胆さにあきれるやら、羨ましいやら、目のやり場に困るやら、それでいて好奇の目が二人から離れようとしないのである。一方、揺れる船室の中をよろめきながら、今ぞとばかりにウェ−タ−が飲物のオ−ダ−を取りながら忙しく立ち働いている。 


座っていても足でふんばるほどますます揺れは強くなり、船酔いで気分が悪くなる。危うく戻しそうな気持ちになるが、じっと我慢して耐える。エ−ゲ海見物どころではない。ぼつぼつトイレでゲロを吐く人が出てくる。トイレのドアの前でへたり込み、具合悪そうに動こうともしない者もいる。何かお腹に入れたほうがよいと思い、コ−ヒ−を注文して飲む。すると、次第にむかつきも治まってほっとした気分になる。やがて、遠くに島影が見え始める。最初の寄港地エギナ島である。島に近づくにつれて海も穏やかになり、みんなほっとした気分になる。間もなく船内放送で、これからの予定の案内がある。出航は二時間後の予定、十二時になったら右手に見えるホテルで昼食をとってほしい、と数ヶ国語で放送がある。


エギナ島
グリ−ンのカ−ドを受け取って上陸すると、港を一望できる高台に行ってみようと思い、山のほうへ続いている石ころだらけの山道を登り始める。“To Aphaia Temple”という矢印の看板が立っているところをみると、これがアフェア神殿へ通じる道らしい。ガイドブックを見ると神殿からの眺めは素晴らしいとあるので行ってみたいが、歩いて五〇分もかかるので時間もなく断念せざるをえない。人気のないゴツゴツの山道を三〇分ほど登って、港が一望できる恰好の場所に腰を下ろし、ミネラル水を飲みながら一服する。結構気温が高く、下着と長袖ポロシャツだけなのに汗ばむほどである。辺り一面の荒れ地の中には背丈ほどの松の木が生い茂っている。その松の木越しに、穏やかな美しい紺碧の海をゆっくりと眺めやりながら、今、エ−ゲ海にひたれる喜びと幸せをしみじみと実感する。






エギナ島の風景・山手より港を望む









十二時の昼食時間が迫ってきたので、港へ向かって下り始める。港に近づくと小さな八百屋さんがあり、そこでオレンジに似たミカンを売っている。十個ぐらいを一盛りいくらで売っているので、五個ばかり分けてもらおうと立ち寄る。英語が通じないので手振り身振りで交渉し、五個だけ買う。安い。ビニ−ル袋に入れてもらい、ぶらぶら下げながら港の傍にあるホテルへと急ぐ。


十二時五分前に着いたが、十二時からでないと食堂に入れないという。開くのを待って、真っ先に入る。バイキング方式のセルフサ−ビスである。皿を取ってあれこれ物色し終わると、まだだれも座っていない広々としたダイニングル−ムを眺め渡しながら、エ−ゲ海の見える窓側の特上席を選んで座る。ナイフとフォ−クを持って一口食べたところに、ウェ−タ−が来たので飲物を注文しようとすると「すみませんが、ここは予約席です。あちらへ移ってくださいませんか。」というではないか。あれ?と思ってテ−ブルの上をよく見ると、“Reserved”と書かれたカ−ドが置いてある。どうりで良い席と思ったわけだ。これはしまった!と思いながら「Very sorry」といって、あわてて別の席へ逃げるように立ち去る。とんだ失敗の巻である。


イドラ島
下船時にもらったグリ−ンのカ−ドを渡して乗船すると、船は次の寄港地イドラ島へと航海を続ける。やがて港が見えてくると、そこには真っ白な壁にレンガ色の瓦を乗せた家並みがエ−ゲ海に映えながら輝くように美しいコントラストを見せて建っている。思わずワ−ッと声が出る。確かに、異国らしい別世界に来たという感じである。船内放送が、一時間後の出航を告げる。今度は日本語の案内も加わる。おや? と思ったら、エギナ島での下船の際に、案内係の女性が私の姿を認めたらしい。それにしても、こんな所で日本語の案内が聞けるなんて嬉しいかぎりである。それもたった一人の日本人のために、気を遣ってくれるその思いやりに心を打たれる。
                  

波止場に上がると、観光客用のロバが十頭ぐら並い並んで待っている。






イドラ島・観光客を待つロバの列










その向こうには、申し合わ せたように白とレンガ色のツ−ト−ンカラ−の家々が、港を囲んで見下ろすように急斜面の丘にところ狭しと建ち並んでいる。あの丘の上からの眺めは、さぞかし絶景であろうと想像しながら坂道を登り始める。一番高い家の所まで登り上がって眼下に広がる光景を見渡すと、思わず「オゥ、ワンダフル」と感嘆の声がもれ出てしまう。そこには絵の中から飛び出してきたような美しい景色が、視野いっぱいに広がっている。






イドラ島・町並みを丘の上から見下ろす









民家の庭先の隅っこを拝借して腰を下ろし、眼下の景色にうっとり見とれながら、エギナ島で買ったミカンを一つ、二つと取り出して食べ始める。地元産だけあって、なかなかおいしい。海辺からやさしく吹き上げてくるエ−ゲの海風が、にじんだ額の汗を静かに拭ってくれる。う〜ん、何という贅沢な憩いのひとときだろう。身も心もとろけるような思いである。


そろそろ時間なので、港へ向かって細い迷路のような路地を下り始める。カスバって、こんな感じのところなんだろうか、それにしてもあのおいしいミカン、もう少し余分に買っておくべきだったなあ、などと考えながら下りて行くと、もう目の前にこぢんまりした入り江の港が迫っている。


ポロス島
再びグリ−ンカ−ドを渡して乗船すると、今度はクル−ズ最後の島ポロス島へと船は向かう。午前中の時化とは打って変わって、いつの間にか海上はすっかり凪いでいる。この島では三〇分の上陸時間しかない。下船してから一〇分ばかり、波止場に沿って建ち並ぶ商店を見物しながら海岸通りを散策する。この短い範囲を見たかぎりでは、それほど印象的な島ではなさそうだ。最後の島に名残りを惜しみながら、船上の人となる。美しい夕日に映える穏やかなエ−ゲ海を、さまざまな思い出を乗せた船は滑るように帰路を急ぐ。









これがエーゲ海だ!!
夕日に映えるエーゲ海






キャビンに入ると、お決まりの座席に座ってゆっくりとくつろぐ。ウェ−タ−ともすっかり顔馴染みになって、傍を通るたびにニコッとほほえみながら愛想を振りまく。キャビン内にあるカウンタ−バ−には年配のバ−テンが一人でがんばっている。船が帰路についてカウンタ−も暇になった様子なので、ぶらりと話し込みに行くと気軽に応じてくれる。「この仕事は何年になるのか。」とたずねると、もう二〇年のキャリアだという。冬になるとクル−ズがなくなるので、その間カリブ海に行ってクル−ズに乗り込むのだという。こうして毎年、エ−ゲとカリブの海をまたにかけて働いているのだという。
 

カリブといえば、世界の豪華客船が競っている地域である。そこで「エ−ゲとカリブ海とではどちらがいいか。」と聞くと、「船はカリブのほうが大きいが、自分はギリシャ人だからやはりエ−ゲの海が好きだ。」と笑いながら答える。そして「あなたは日本から来たのか。」と聞くので「そうだ。」と答えると、「自分は日本にまだ行ったことがないので、いつかぜひ行きたい。」という。「日本は美しい国だ。日本に一緒に行かないか。」というと、ご冗談をといわんばかりに、白い歯を見せて笑っている。そして「何か飲物を飲まないか。これは自分のおごりだよ。」といって勧めてくれたが、先ほど飲んだばかりなので「ノウ サンキュ−」といって遠慮する。彼の好意がとても嬉しい。
 

こうして楽しい会話に時の過ぎるのを忘れていると、船内放送係の金髪女性がコ−ヒ−飲みにやって来る。そこで、「あなたは日本語が上手ですね。私のために日本語の案内をどうもありがとう。」と英語で礼をいうと、「どういたしまして。」とにっこり笑いながら上手な日本語で応えてくれる。何ヶ国語を話すのかと聞くと、六ヶ国語を話すというから驚きである。 


 楽しい船内でのひとときを過ごしているうちに、やがて船は今朝出発した港へと帰港する。約一〇時間のクル−ズで夕方七時過ぎに到着したが、外はまだカンカンと明るい。当地は夏時間の上に、日が長いようだ。迎えのバスに乗ってホテルへ帰り、エ−ゲ海クル−ズの素敵な一日は終わる。(ランチ付きのエ−ゲ海一日クル−ズの料金は一三、八〇〇ドラクマ=約五、八〇〇円)
 

(次ページは「パルテノン神殿観光編」です。)










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