no.14
(ブラジル・アルゼンチン・ペルー)



(ペルー編)



見事な段々畑
また、周囲の斜面という斜面には、ワイナピチュ山の断崖にいたるまで、見渡すかぎり見事なまでに整然と造り上げられた段々畑が広がっている。ここの住人は、段々畑づくりには天才的な能力を発揮したそうだが、平地がない山上だけに、生活の糧を生産するために最高の知恵を振り絞って造ったに違いない。この畑で、ジャガイモ、トウモロコシ、ユカ、キノア、コカの葉など200種類以上の作物を生産していたという。



 見事な段々畑が広がる。正面の高い山が遺跡の名になったマチュピチュ山(標高3050m)



 斜面という斜面には、段々畑が整然と並ぶ。




唯一の広場
一通り遺跡をめぐり終わると、この狭い山上には珍しい広場に下りて休息をとる。ここはかなり広い原っぱで、マチュピチュで唯一の平面になった広い地面でもあり、山上の狭さを感じさせない空間でもある。当時は1万人の住人がここに集まって、集会やいろいろなイベントを催したのかもしれない。この広場を囲む一方の斜面には住居や神殿遺跡が並び、反対側の斜面にはきちんと石組みされた段々畑が整然と並んでいる。限られたスペ−スに町を造っているだけに、コンパクトに効率よく、しかも整然とレイアウトされているのが、とても印象的である。 



 マチュピチュで唯一の広場。かなり広い。右手の三角屋根は住居跡。



 広場の反対側には、見事な段々畑が広がっている。




この高地でも、カンカン照りの日差しは暑く、日陰を求めても太陽が真上にさしかかったこの時間帯には、どこにも陽を避ける場所が見当たらない。仕方なく強い日差しの中でへたり込み、しばしの休息をとった後、2時間の遺跡めぐりを終えて下山の道をたどることになる。
 

ランチタイム
入場門を通り抜けてホテルの食堂に入り、ランチとなる。カフェテリア方式になっていて、各自の好みの料理を申し出て皿に盛ってもらう。ビ−フシチュ−にサラダ、フル−ツ、パンと選び、セルフサ−ビスのコ−ヒ−を飲みながらおいしい昼食となる。2000mを越える高山で、これほどの料理が食べられるとはうれしいものだが、料金もけっこう高いのだろう。ツア−だから、料金は分からない。
 

グッバイ・ボーイの出現
食後の一服をとると、いよいよ帰り支度である。預けた荷物を引き取り、午後1時半ごろバスに乗って下山する。再び七曲りのジグザグコ−スを下って行くのだが、ここで面白い光景に出会う。それは有名な“グッバイ・ボ−イ”の出現である。色鮮やかな衣服に身をまとった一人の少年が、ホテル前から下るバスを追っかけながら下まで駆け下りてくるのである。少年は直線コ−スで山路を駆け下り、バスが遠くのカ−ブを曲がって下りてくるのを待ちうけているのである。そして、バスが来ると、“グ〜ッバ〜イ”“サヨナ〜ラ”と大声でバスに向かって叫ぶのだ。
 

これが有名な“グッバイ・ボ−イ”で、バスがカ−ブを曲がって下りる度ごとに、その行く手に先回りした少年の姿が見えるのである。それも同じ少年が神出鬼没の早業で駆け下りて来るので、その出現の早さに観光客は一様に驚くのである。そして、バスの乗客が日本人だと分かると、日本語で“サヨナ〜ラ”と叫ぶ心憎さもちゃんと持ち合わせている。これには、思わずにやりとさせられてしまう。
 

こうして少年は、バスが麓の平地に出るまで、この叫びを繰り返しながら駆け下りて来るのである。そして平道に出ると、バスの前方を手を振りながら走っている。バスが追いつくと、運転手はバスを止めて少年を車内に導き入れる。運転手も心得ていて、そうすることが慣習になっているようだ。車内に入った少年は、“サヨナ〜ラ”と叫びながら、袋を開いてチップを要求する。乗客たちは、その早業の駆け下りに感心して、それぞれにいくばくかのチップをはずむのである。私は、ポケットに残ったすべてのコインを集めて、少年の袋に入れてやる。
 







グッバイボーイ
色鮮やかな民族衣装が映える。














こうしてみると、けっこうな現金の稼ぎになるようだ。他に数人のグッバイ・ボ−イがいるようだが、彼らは交代で1日に何度か、こんな駆け下りを繰り返しながら稼いでいるのだろう。だれが思いついたのか、うまいことを考えついたものである。他のどこでもできない、この地ならではのユニ−クな商法である。でも、雨の日などはどうしているのだろう? 多分、休業になるのだろうか……。
 

ケナーに惹かれて
バスはアグアス・カリエンテス駅の少し手前で止まり、ここから土産品店が並ぶ路地を歩きながらショッピングを楽しむ。その中に、さまざまな種類の民族楽器の笛類を売っている店がある。その前に立ち止まり、笛を物色する。ペル−に来て、民族楽器のケナ−が欲しくなったのだ。あの民俗楽器の演奏家たちが見事に吹きこなすペル−の名曲「コンドルは飛んで行く」を吹けるようになってみたいのだ。
 

店のおやじさんがケナ−を吹いてみせながら、盛んに勧めている。そして、「プロフェッショナル、プロフェッショナル」と、何度も自慢げに繰り返しながら、笛の製作元の表示を指し示している。見ると、笛の横腹に「Profesional」と刻印してある。それがどんな意味を持つのか分からないが、腕のいい職人の製作であることを証明しているのだろうか。それにしても、けっこう値段が高い。結局、$50でケナ−を買うことに。
 

駅の待合い室のベンチに腰掛けると、出発までの待ち時間を利用して早速ケナ−の練習である。演奏方法と数曲の有名曲の音符が載ったパンフレットをくれたのだが、ケナ−の音を出すこと自体がなかなか難しい。帰国して、ゆっくり練習しよう。
 





アグアス・カリエンテス駅
白亜のしゃれた建物で、内部も美しい。










虫刺され
ベンチに座っていると、なんだか足下と手首にかゆみを感じる。見ると、何かに噛まれた跡が数カ所あって赤い発疹ができている。足首などはソックスの上から噛まれている。長袖シャツを着ているので腕の部分は大丈夫なのだが、露出している手首から先の部分が噛まれている。不思議にも、顔の部分は噛まれていないのだ。恐らく、目にも留まらない小さな虫に違いない。まったく気づかないうちに噛まれているのだ。マチュピチュ山上では何の問題もなかったのに、山を下りた駅に来てから噛まれるとは意外である。この虫刺され跡はなかなかしつこく、跡形が取れるのには数ヶ月を要するので、注意が必要だ。
 

帰路の旅
そのうち、3時15分の発車時間がやってきて、再び3時間20分の列車の旅が始まる。クスコに近づいたころには外は真っ暗となり、車窓から美しい町の夜景が眺められる絶好の機会となる。この町の夜景は息をのむほどすばらしく、これがインカの古都とは思えない世界がただようのである。先進国のようなイルミネ−ションがひとつもないので、ただオレンジいろの灯が谷間一帯に広がって、柔らかな夜景を醸し出している。その美しさに、車内には一斉に歓声がわき上がる。
 

この夜景が見られるのは、進行方向に向かって右側の座席で、結局、往きも帰りも町の風景を楽しみたいなら、往路は左側、帰路は右側座席にかぎる。しかし、前述した変化に富む車窓風景はこれとは反対側になり、それも帰路では陽が傾いて、往きのような光り輝くアンデス山脈の風景は見ることができない。
 

ホテルへ
クスコの夜景を見せながら、列車は夜の7時、サン・ペドロ駅に到着。そのままホテルへ戻り、夕食となる。早朝から夜までかかるマチュピチュ観光だが、遺跡ではいにしえの思いにどっぷりと浸り、列車の車窓からは変化に富む素敵な景色を楽しみ、そしてまたグッバイボ−イに出会うなど、こころ満たされる旅であった。夜空を見上げると、往時と変わらぬ星のきらめきが古都クスクの町に降り注いでいる。いにしえのインカ時代をしのびながら、心地よい眠りに落ちていく。






サボイホテル前を走るメインストリート
ソル通りの夜景














サボイホテル前の公園にある太陽の噴水(夜景)













(次ページは、「チチカカ湖への道」編です。)










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