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                 No.3
                         




8.ポルトガル・・・・シントラ・ロカ岬
 
昨夜はよく寝て、今朝は7時に起床。今日は遠出をしてロカ岬とシントラの町を探訪する予定である。ぐずぐずしてはいられない。朝食を手早くすませると、早速出発である。見上げる空は、今日も快晴。今度の旅を始めて以来、ずっと快晴続きで、旅行者にはなんともラッキ−なことである。おかげで、どこに行っても素敵な風景が見られ、旅の醍醐味が満喫できてうれしいかぎりだ。
 

今日のコ−スは鉄道でシントラまで行き、そこからバスに乗ってロカ岬を訪れ、それからUタ−ンしてシントラに戻る。そこからペナ宮殿などを観光して帰るというコ−スである。だからまずは、ロシオ駅へ出なくては事が始まらない。


ロシオ駅
ホテルを出ると、フィゲイラ広場とロシオ広場を通り抜け、その裏手にあるロシオ駅へ向かう。この駅は少し変わっていて、傾斜地に造られており、そこまで坂道を上りあがらないといけない。普通、主要駅であれば平地の要所に設置され、駅前広場などが見られるのだが、斜面地帯の狭い場所に設けられているので、この駅にはそれが見られない。
 

ロシオ広場の裏手へ出て、近道になっている狭い階段を上り、ジグザグの広い坂道を上ると、その正面に駅の玄関口が見える。中に入ると広々としたコンコ−スがあり、一角にキオスクがあるぐらいで、スカッとした感じである。この駅舎ビルは4階建てで、その4階が駅のコンコ−スになっている。コンコ−スから下の階には各種の店舗が入っていてショッピングセンタ−みたいになっている。傾斜地を利用して造られているので、こんな変形な駅になったのだろう。 


まずはシントラ行きの切符を買わなくてはと窓口へ行くと、人の姿もなくひっそりとしている。そこで、「Um bilhete de segunda classe para Sintra,por favor.(シントラ行き2等切符を1枚ください。)」と覚えたてのポルトガル語を使って無事ゲットする。だが、こんな長々と言葉を並べなくても、ただ
「Sintra,por favor.」でOKだ。というのは、シントラ行き列車には2等車はないからである。  
 

広々としたきれいなホ−ムへ出ると、8時38分発のシントラ行き列車が待っている。時刻表を見ると、シントラ行きの列車は15分間隔で頻繁に発車している。この様子からみると、この沿線の町は、きっとリスボン市のベッドタウンになっているのだろう。
 





 ロシオ駅ホーム










この時間帯は乗客も少なく、車内はがらんとしてゆったりと腰掛けられる。静かに滑り出した列車は、車内もきれいで、乗り心地も快適。途中、幾つかの駅に停車するのだが、大きな駅もあれば小さな駅もある。駅に止まるごとに乗客も減り始め、とうとう最後にはたった私1人の貸し切り車両になってしまう。なんだか、気の毒な気がしてくる。そうこうするうちに、列車は45分で白亜のシントラ駅ホ−ムに滑り込む。ここが終点だ。






 
車内風景











シントラ駅

この駅は清楚で感じもよく、美しい駅だが、田舎にあるためか人込みもなく、ひっそりとしている。さすがに空気も新鮮で、ほっとするような雰囲気がただよっている。駅舎は白壁にレンガ色の屋根が乗ったこぢんまりとした建物だが、駅舎とは思えない素敵な趣のある造りで、この場所の雰囲気によくマッチしている。







美しいシントラ駅ホーム















趣のあるシントラの駅舎










シントラの町

この町は緑豊かな中に広がる閑静な小さい町で、駅の南側には高さ数百メ−トルの山並みが続き、その山間部に王宮やペナ宮殿、それに山上にはム−アの城跡などが点在している。その緑深い山裾には中世の香りがただよう建物も残り、王宮を中心とした文化的景観は95年に世界遺産にも登録されている。
 

今は国内有数の観光地となっているそうだが、大航海時代の昔から栄華を誇った王家の離宮をこの地に造るなど、古い歴史を残す町でもある。リスボンまで電車で45分という地の利は、そのベッドタウンとしては最良の地かもしれない。私がリスボンに勤め先があるのなら、きっとこの町に居を構えるだろう。


ユ−ラシア大陸の最西端・ロカ岬
このちっちゃな駅舎内に観光案内所があり、そこでロカ岬のことやペナ宮殿のことなどを尋ねる。観光パンフレットを示しなら英語で案内してくれたが、それによるとロカ岬行きのバスは約1時間半に1本の間隔で運行されており、今からだと10時25分発のバスがあること、そして、シントラ観光用にバスがほぼ20分〜30分間隔で循環バスが出ていること、などを教えてくれる。切符は、いずれも道路向かいの切符売り場で買えばよいとのこと。
 

駅前の静かな道路に出ると、中華飯店やスナック店、カフェなどが並んでおり、その並びにバスチケット売り場がある。窓口でロカ岬+シントラ周遊券(7ユ−ロ=約830円)を購入。出発まで間があるので、付近をうろついてみる。駅前通りながら、これといっためぼしい店もなく、ほんとにひっそりとして真面目な感じの町である。
 

ようやくバスがやって来て乗車すると、西に向かって走り出す。乗客はほんのまばらで、その中に珍しく新婚らしい日本人カップルが乗っている。バスはのどかな田舎道を走り抜け、ゆるやかなスロ−プを海岸線に向かって下りて行くと、その向こうに赤い灯台が見えてくる。あれがロカ岬の灯台なのだ。バスはシントラ駅から約40分かかって灯台前の観光案内所前のバス停にストップ。ここで降りたのは、日本人カップルと私だけである。
 

辺りを見回すと、なだらかな野っ原が広がるだけの殺風景だが、その切り立った断崖の先には紺碧の大西洋が、ここしか見るものはないぞ言わんばかりに視界いっぱいに広がっている。この場所には、灯台の施設建物と観光案内所の建物、それに小さな土産品店があるだけで、他には何一つない。自然環境保護の立場から、配慮されているのかもしれない。この時点での観光客はまばらで、バスでやってきた私たちとマイカ−でやってきた人たちがいるだけである。



 のどかな野っ原が広がる大陸の最西端・ロカ岬。向こうに見える海は大西洋。



 ロカ岬の灯台。道路向かいの右手建物が観光案内所。





突端の方へ進んで行くと、そこには十字架を上に乗せた石積みの四角い石柱が立っている。その海岸側の一面に石碑が埋め込まれている。その碑面のいちばん上には「ロカ岬」と大きく記され、すぐその下に詩人カモンエスの「ここに地果て、海始まる。」という詩の一節が刻まれている。さらにその下には、「ヨ−ロッパ大陸の最西端」(多分?)と書かれ、その下に何かのマ−クが円形に彫られている。その最下部には緯度の数値が示されている。この石碑を訪れた証拠に撮影することにする。
 







 ロカ岬の石碑















石碑を離れて先端の断崖際に立ってみる。確かに、ここに地果てる感じで、その先には水平線が空ととけ合ったぼうばくたる大西洋の大海原が広がっている。この風景を眺めていると、確かにユ−ラシア大陸の端に来ていることを実感する。しかし、それ以上の深い感動や感慨はわいて来ない。ここに至るまでの行程が、あまりにも安易過ぎたためだろうか? これがシベリアの東端から徒歩でこの大陸を踏破でもしたというのなら、また格別の感情がわいてくるのかもしれないが……。




 空と海がとけ合ったぼうばくたる大西洋の大海原




ここを引き上げ、土産品店に入ってみる。荷物にならないで何か記念になる品はないかと探していると、ロカ岬の風景をあしらった絵皿や壁掛けが目に留まる。思案したあげく、そのうちの小さな陶器製の壁掛けを1枚買うことに決める。
 

観光案内所へ行ってみると、小ぎれいな室内に案内係の男性がひっそりと一人座っている。その奥の方には、ゆったりと座れるソファ−の腰掛が用意され、来訪者が憩われるようになっている。ここでは、このロカ岬訪問の記念として「最西端到達証明書」というサイン入り証明書を発行してくれる。もちろん有料だが、その種類に3つのものがあり、上・中・下といった値段のランクが付けられている。どこがどう異なるのか分からないが、見栄えが少しずつ違う感じである。
 

この地を踏んだ証明に、中ランクの証明書をお願いする。申込書に自分の氏名をロ−マ字で書き入れて渡すと、係が特殊ペンで氏名・日付・作成者の署名を昔の書体文字で書き入れて作ってくれる。そして証明書の下部には、あの石碑のマ−クと同じものが刻印されたロウ印が押されている。何の役にも立ちそうにないが、自分の旅の記念としては価値あるものの一つである。
 

証明書をもらうと、後は12時半のシントラ行きバスを待つこと以外、何もすることがない。スナックの店もないので、サンドイッチでも頬張るというわけにも行かず、飲物さえほとんど売られていない状態である。これぞ、ほんとに地の果てといった感じである。休憩室で休んだり、外の日陰で休んだりしながら時間を過ごし、やっとバスの時間になる。この頃になると、ぽつんぽつんと観光バスが到着し始め、この静かな岬にもどうにか人影が見られるようになる。


シントラへ
ほぼ時間どおりにやって来たバスに飛び乗り、もと来たシントラ駅を目指す。そこに戻り着いたのは午後の1時過ぎ。まずは、空いたお腹を満たさなければならない。そこで駅前にある中華料理店に入る。食事時間帯は過ぎたとあって、お客は少ない。ここはやや大きな店で、働く人たちも皆中国人を揃えている。出されたメニュ−を見ながら、麺類を食べたいと思い、いろいろ尋ねるがよく言葉が通じない。そこで英語の少し分かる係がやってきて、こちらの意向を伝えると理解したらしく、奥へ戻って行く。
 

間もなくして出された物は、ほぼ予想の範囲のもので、ラ−メンとチャンポンの中間みたいな麺とス−プである。なかなかけっこうな味で満足の行くものである。この種の料理も好まれるのか、よくこの地で麺が入手できるものだ。お腹が満たされたところで、次は観光だ。


(次ページへつづく・・・)










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