No.4





最後のショッピング
五日目最終日。最後の朝食を済ませると、また朝の商店街へ出かけて腹ごしらえ用のパンを物色して回る。そして小さなパン屋を見つけ、そこでド−ナツ一個を買って帰る。そして、ホルのチェックアウトを済ませると、ガイドのパンさんの出迎えを受けて九時過ぎホテルを出発し最後のショッピングに付き合わされる。前に訪れたのとは別の店であるが、その行き先は再び免税店である。ここで一時間以上も時間を取るので、なんとも困ったものである。所在なく店内をうろついた後は、近くのス−パ−を見たりショッパ−ズを冷やかしたりしながら付近の界隈を徘徊して時間を潰す。
 

空港へ
やっと出発の時間となり、一路空港へと向かう。午後二時二十分発の飛行便だが、十二時ごろ空港に到着してチェックインを待つ。パンさんに「ぜひ禁煙席をお願いしますよ。」と念を押して頼む。「早目に着いたので大丈夫取れますよ。」という彼の言葉どおり、全員禁煙席が確保できる。総勢五十名のツア−客のうち、一泊延長して今日帰るのは十名である。彼に別れを告げると、一行は出国手続きを済ませて待合いロビ−で思い思いに憩う。






香港・啓徳空港ロビー










その間に愛妻へ絵葉書を一通したため、切手自動販売機で買った三十五セント切手を貼ってポストに投函する。残りの小銭はカンジュ−ス一本とチョコレ−トを買って全部使い果たし、身軽くなったところでいよいよ日本帰国を待つばかりである。空いたベンチに腰を下ろし、この時のために仕込んでいたド−ナツをやおら取り出して口にほおばる。機内食が口にできるのは三時過ぎになるので、それまでの腹ごしらえである。
 

搭乗時間が来るとバスに乗って搭乗機まで移動する。香港啓徳空港はエプロンがあまりないので、不便にもバスによる乗降になっている。タラップのところで待っている間に、珍しい空港の全景を三六〇度のパノラマ連続写真に撮り収める。
 



 香港・啓徳空港




予定どおりに離陸した機は、林立する高層ビルを見下ろしながら急角度で上昇していく。シ−トにはグル−プ仲間の女子大生三人組の一人と隣り合わせに座っている。彼女は心理学専攻だそうで、この春卒業後は大学院へ進学し、将来は心療の分野で働きたいという。未来を語る若人の姿は実にすがすがしく輝いてみえる。私の人生にも、こういう時代があったのだなあ……。今は遠い過去となったわが青春時代に思いを馳せながら、飛行の時は静かに流れていく。                    


4.香港情報あれこれ
 
一九九七年六月三〇日。この日を最後に、英領植民地・香港の一世紀半の歴史が終幕する。香港がアヘン戦争(一八四〇〜四二年)によってイギリスの植民地となってから一五五年、その歴史もあと五ヶ月で幕が閉じられようとしている。その香港は、自由放任政策の流れに乗って第二次大戦後は中継ぎ貿易から加工貿易へ、そしてさらにハイテク産業へと変身を遂げながら、最近では国際金融センタ−へと転換してきている。
 

香港はきわめて税金が安く(個人の最高所得税率十五%)、関税もタバコなどを除き無税という自由貿易港なのである。だから商品も安く買えるわけである。こうした自由貿易のメリットをフルに生かして、この小さな国が貿易総額では世界第十一の大国にまでなっている。そして香港は、台湾、シンガポ−ルとともにアジアNIESの中核を担う国にまで成長しており、一人当たりGNPも約二万USドルとNIESのなかでも最高となっている。これは本国の英国をも陵駕するものである。
 

この世界一の経済自由度を誇る香港も、返還後は中国の施政下に入るわけだが、その後の動向がきわめて注目されるところである。英・中間の協定では、返還後五十年間は特別行政区として香港の現状制度維持を約束しているが、その後の中国の出方はわからない。そのことを不安視して、すでに企業の中間管理者層や医師、弁護士、会計士、教員といった、これまで香港の発展を支えてきた人材が、カナダ、アメリカ、オ−ストラリア、フィリピン、中南米諸国などへ毎月数千人も脱出しているという。返還までには合計一〇〇万人以上が流出するとの予測がなされている。
 

そんな中にあって、ガイドのパンさんに将来のことを尋ねると、自分は香港に残って今の仕事を続けるつもりでいるという。親戚や知人のなかにも、海外へ脱出して行った者がいるそうだが、彼らの現地での生活状況をみてみると移住に踏み切る勇気はないという。香港では医師や弁護士を勤めていても、移住先ではその職もなく雑役夫として働くしかないという。
 

新聞記事によれば、暴力団の手引きで海を渡り山を越えて、中国から香港に紛れ込む密航者が後を絶たないそうだ。昨日訪れた深せんの街には中国各地の出稼ぎ労働者がなだれ込んでおり、彼らが引き起こす強盗殺人事件が新聞紙上をにぎわせているという。そんなこともあって、返還後、中国から多数の労働者が流入してきたら香港の治安が乱されると不安がっている。
 

その一方で、いま香港では不動産ブ−ムが続いている。最近の不動産市場の過熱ぶりはすさまじい。マンションの内金を払って権利を得た消費者が一週間後に転売し、二割も値上がり益を懐にしたといった話が地元紙をにぎわせているという。こうした不動産価格の上昇につれて株価も上昇し、香港政庁の歳入も潤い、銀行も住宅ロ−ンで高収益を稼いでいる。パンさんの話でも、マンションの売り出しがあると、その権利を手に入れようと何日も前から泊まり込みの行列ができるそうで、入手後は直ちに転売してもうけるのだという。香港政庁も全歳入の三割以上を土地使用権の売却など土地関連収入が占めるから税率を安くできるのだという。税率が低いから、香港人も外国人も資産を香港に預けて運用することになる。そして、不動産、株式市場が上昇すれば、カネはおのずと香港に集まる。



しかし、こうした不動産資本主義が、香港経済の将来に大きな不安要因を残すことになる。香港は対中投資・貿易依存型サ−ビス経済であるため、中国本土のちょっとした政変でも大きくゆれ動くことになる。そして、日本経済がいまなお苦しむバブル崩壊といった事態にでもなれば、その後遺症は大きいものになろう。もしそうなれば、最後のババをつかだん者が必ず損をみることになるのだが……。
 

市内を走るくるまの数も多く、ラッシュ時になるとどこも長い渋滞ができている。そのくるまのナンバ−プレ−トの数字に特別こだわるのが香港人である。パンさんの話だと、この地では、数字の“八”がもっとも縁起の良い番号としてみんな欲しがるという。“八”が三つ並ぶナンバ−になると数千万円の値がつき、これが四つも並ぶと億単位の金額になるという。これはオ−クションにかけられて競り売買されるそうで、その代金はすべて政府の収入になるという。もちろん資産家が購入するわけで、自分の高級車にこのナンバ−をつけて自慢げに走るのだろう。
 

また香港最大の魅力は食べものが美味しいことだそうだ。中華からエスニック料理までさまざまな飲食店がひしめきあっている。そして、世界中で一番中華料理が美味しい都市は香港だといわれる。香港で私の口に入った中華料理は広東料理と北京料理であったが、そのかぎりでは、どちらもそれほど美味しいとは思わなかったのだが……。中国の各地にそれぞれ特徴を持った料理が発達していて、それは大きく四つに分類されるという。北京、上海、四川、広東の各料理で、これが四大料理と呼ばれている。そしてこれを源流に、これらの料理はさらに分流されていく。

・北京料理−−蒙古族や満州族が持ち込んだ料理と山東料理などがミック
          スして発達したもので、 肉料理が多く、味は濃厚で脂っこ
          い。

・上海料理−−江蘇料理、浙江料理を総称した呼び方で、甘辛味の濃い味
          付けで日本の中華の味に似ているという。

・四川料理−−揚子江上流の四川省で発達した料理で、その土地柄から
          寒暑が厳しく疫病が多かったので、毒消しや薬効のある香
          辛料が多く使われるようになったという。そのため料理はス
          パイシィで、ぴりぴりと辛いのが特徴である。

・広東料理−−香港を代表する料理がこれ。もともと香港は広東省の一部
          で、香港に住む人たちのほとんどが広東人であり、広東料
          理を看板とする店が圧倒的に多い。材料の持ち味を生か
          したあっさりとした味付けが特徴である。また飲茶も広東
          料理名物のひとつである。            

この広東料理が日本人の口によく合うといわれるのだが、中国料理に慣れて舌の味が肥えている長崎人にとっては、これらの料理を食べ比べてみないと何ともいえない。時間があれば食べ比べの機会が得られるのだが、今度の旅ではそのゆとりがなくて残念である。
 

香港の街は返還を控えながらも、どどまることを知らず発展を続けている。ビルの建設ラッシュはもちろんだが、いま大きな話題になっているのが新国際空港の建設である。現在の啓徳国際空港に代わる空港として、香港島の西側に位置するランタオ島に新空港の建設が進んでいる。これが完成すればアジアのハブ空港としての役割を担うのだろうが、これに負けじといま上海でもハブ空港めざして新空港の建設が進められている。こうした近隣諸国の大型空港建設の動きを横目でにらみながら、日本はただ手をこまぬいている状態である。経済金融面でも地盤沈下が進んでいる日本は、その浮上にあくせくともがくばかりで、このままでは空の面までその主導権を他国に握られてしまいそうである。
 

今、たそがれ国家日本から、昇龍の国・香港めざして、なだれ込むように旅行客が押し掛けている。香港返還前にとの気持ちもあるのだろうが、グルメとショッピングの魅力にはやはり引かれるものがあるのだろう。経済のことも含めて、そんな魅力のある自由国家日本であってほしいのだが……。 


                                       (完)        
                               (1997年2月脱稿)










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