3.タ−リン・・・・ エストニアの首都・道連れの紳士・古い城壁
 
エストニアはロシアに隣接するバルト三国の一つで、人口一五八万人、面積は九州、沖縄を合わせたより少し大きい。畜産が主体で、オイルシェ−ルなど地下資源に恵まれている。旧ソ連邦に属していた国であるが、ソ連解体を機に念願の独立を果たし、現在では自由主義経済体制をとっている。そして、この国の首都がタ−リンなのである。サンクト・ペテルブルクから夜行列車で約十時間足らずの距離にある。
 

同室の紳士が市電まで案内するというので、連れだって下車する。タ−リン駅は小ぎれいだが小さな駅である。両替をしなくては一文なしなので、市電にも乗れない。案内されて両替機の所に行ってみると、機械が動かない。他に両替所はないので、親切にも紳士は自分用に買ったバス・電車共通のチケットをプレゼントしてくれる。有難く感謝しながら受け取り、礼をいって別れを告げる。これがなければ、ほんとに困るところだ。旅で受けた情は、本当に有難いものである。
 





エストニアの首都
ターリン駅









ホテルの方向へ行く電車の番号を尋ねて乗り込み、町中を眺めているうちに間もなく下車駅となる。目の前には立派なホテルが建っている。これが今夜一泊する予定のヴィル・ホテルである。回転ドアを入ると、屋内も新しく、瀟洒な感じの美しいホテルである。チェックインして早速、市内観光のことを調べてみると、午前十時発の観光ツア−があるというので、これに申し込む。一時間半の観光で一、五〇〇円である。部屋に入ってみると、豪華なダブルベッドに輝くようなバスル−ムが付いている。料金はやや安いのにロシアのホテルとは比べものにならない。今度の旅で泊まる最高のホテルだ。今夜は初めてバスタブで入浴できるぞ。
 

市内観光
すっかり良い気持ちになってヒゲ剃り洗面を済ませ、持参のバナナと残りパン、ファンタジュ−スで朝食にする。一服すると、そろそろ出発の時間だ。ロビ−でガイドの出迎えを受け、市内観光へ出かける。乗客はインド人夫妻、ドイツの老女二人に私を含めて五人である。ここタ−リンの町は海に面していて、中世時代の城壁が残る旧市街を中心に広がるこぢんまりと落ち着いた町である。だから町中を観光するにも、さほど時間はかからない。
 

私たちを乗せたミニバスは、まず町はずれにあるレジャ−センタ−へ向かう。そこは野外ホ−ルを中心に広がる美しい公園で、すぐ向こうにはバルト海の青い海がのぞいている。この八月には、ここの野外ホ−ルにあのマイケル・ジャクソンを迎えてコンサ−トを催すのだという。






野外大ホール
5年に1度の国民的な音楽の祭典がここで行われる







すぐに引き返して、バスは旧市街へと向かう。小さく狭い旧市街は小高い丘陵になっており、バスも動きにくいので後は徒歩で観光することになる。



 


ターリンのメインストリート・ヴィル通り









なだらかな石畳の坂道を上りあがった高台に、この地方の領主の居城として十四世紀に造られたというト−ンペア城(今では議事堂として使われている)、そのお城の前の小さな広場に建つモスクワの聖ワシリ−寺院に似たアレクサンドル・ネフスキ−寺院、お城の隣にある十三世紀に建てられたというト−ム教会などを次々に見学して回る。

     




トーンペア城
現在は議事堂になっている
















 アレクサンドル・ネフスキ−寺院






















 トーム教会















ト−ム教会の側に展望所があり、そこから町を見下ろす景観はまた格別だ。ヨ−ロッパの古い町にはよく見られる光景だが、レンガ色の急傾斜の屋根々々が視界いっぱいに広がっていて中世の香りをプンプンと漂わせている。ここから見渡せるほどの小さな町だけに、どこかオトギの国の箱庭にでも迷い込んだような風景である。




 エストニアの首都ターリンの旧市街全景(中世時代の古い家並みがオトギの世界を繰り広げている:旧市街丘上よりの眺望))




愛しいほど小さな町の観光は、わずか一時間半で昼前に終わりとなる。お昼を取りに一旦ホテルへ戻る。歩いても十分足らずの距離なのだ。ホテル内にある旅行代理店に、明日のヘルシンキ行き高速船のチケットを買いに行くと、エストニア美人の若い女性が応対に出て質問に答えてくれる。時刻表を見ると、一日何便もの船便が様々な会社から出航していて便利なものである。そのうち、朝十時発の所要一時間半という高速船を選んで予約する。チケット料金は三、七〇〇円である。
 

明日の船を確保したところで、これもホテル内にある奇麗なカフェに入り、コ−ヒ−とサンドイッチで昼食を取る。代金六〇円。一服してホテル内のショッピング街を見物して回る。ちょっとしたデパ−トの感じのショップや食品店など様々な店舗が結構入っていて、どの店も美しく清潔な感じである。
 

明日出発の波止場を確認しておこうと、フロントで行き方を尋ね出かける。前のビルから出る九二番のバスで行けばよいと教えてくれたのだが、どこを探してもその番号のバスストップが見当たらない。各方面行きのバス停がいっぱい並んでいるので、そこで待つ何人かの人に尋ねてみても、だれもその場所を知らないのである。おかしいなあ、間違いを教えたのだろうか。疑問に思いながら、今度は電車通りに出て再び尋ねてみる。


すると、そのオジサンは、「この道を真っ直ぐ歩いて行けばすぐだよ。電車でも行けるよ。」と教えてくれる。徒歩は疲れているので電車に乗ろうと電停へ出る。若い女性に行き方を尋ねると、自分も一緒に降りるから案内するという。一駅乗っただけで次の電停で下車し、連れだって港のほうへ向かう。途中まで来ると、彼女は行き先が違うのか、「この方向が港ですよ。」といって別れて行く。
 

すぐに港が見え始めるが、かなりの距離がある。これでは電車を利用した値打ちがない。波止場にはA・B・C・Dの四つのタ−ミナルに分かれて建物があり、高速船の発着はCタ−ミナルである。中に入ると、そんなに広くはない待合室があり、今の時間は発着がないのかガラ−ンとして人気はない。片隅には両替所もあり、その先はパスポ−トコントロ−ルになっている。
 

下検分をすませ、目の前のバス停を調べてみると、確かに九二番のバス表示がある。帰路はこのバスを待って乗ってみよう。やってきたバスに乗りながら、「ヴィル・ホテル OK?」と運転手に尋ねると、そうだとうなずいてみせる。あれだけ探しても見つけられなかったバス停が、いったいどこにあるのか興味を持ってみていると、ホテルのすぐ横手に止まるではないか。そこには九二番のバス表示もある。ここだったのだ! まるで反対の場所を探していたので、分からなかったのだ。これで明日の出発は大丈夫だ。安心してホテルへ戻り、休息する。 


一服すると、持て余す時間を有効に使おうと、再び旧市街へ繰り出す。珍しくも日本人団体客の姿が見られる。こんな北の片隅にある名の知れないちっぽけな町に、どうして日本の観光客がやってくるのだろう。有名なペテルブルクでは、とんとお目に掛かれなかったのに……。よく考えてみると、ここへはヘルシンキから一日観光のコ−スになっているので、恐らく北欧ル−トを回るツア−の一行が日帰り観光に来たのだろう。
 

今度は市内観光で通らなかった路地を巡ってみよう。ほどよい広さの路地が、あちこちに迷路のように走りながら丘へ向かっている。メインストリ−トからその一本に迷い込み、坂道を上って行く。古い家並みに挟まれた石畳の路地を歩いていると、その合間から教会の尖塔がのぞいている。こうした風景を眺めていると、あたかも自分自身が中世時代に埋没してしまったかのような錯覚を覚えてしまう。この小さな町は、そんな素敵な雰囲気を持っている。
 







 古い家並みと尖塔の見える路地















中世時代には、この町は高い城壁で囲まれていたのだが、今ではその半分近くがそのままの姿で残っている。道を歩いていると、その城壁がひょっこり姿を現したりするのだが、こうした歴史の刻み込まれた趣のある風景が一層この町を魅力的なものにしている。

 




中世時代の城壁がそのまま残っている









何かこの町の記念になるものをと探し回るが、手頃な品が見当たらない。出店のみやげ店には、この町の風景を描いた絵が多い。そのなかには、実に見事でうっとりするような絵もあり、買いたい衝動に駆られる。が、持ち運びが問題なので、どうしても手が出ない。あきらめて物色していると、別の店でミニ額縁に入った可愛い小さな絵が目に留まる。この町の風景を描いたものだが、これなら運搬も問題ないだろうと、それを求めることにする。








 
城壁沿いに並ぶみやげ品店















この町の中心になっているラエコヤ広場へ向かう。ここは小さな石が埋め込まれた石畳の広場で、その一角にはカフェテラスが店を出し、観光客がお茶などを飲みながらくつろいでいる。そして周囲には旧市庁舎や古い建物が取り囲んでいて、古都らしい雰囲気を醸し出している。小ぎれいなみやげ品店をのぞくと、多くの民芸品などが並んでいる。でも、食指は動かない。






街の中心・ラエコヤ広場










広場を通り抜け、ホテルの方へ引き返していると、石畳の道を可愛いミニトレ−ンが走っている。観光用に町中を周遊しているのだろう。乗るのはやめて、ホテルへ戻ろう。

 




ターリンの街をミニトレインが走る









ホテルの筋向かいに高いビルがある。何だろうと思って入ってみると、一階はス−パ−になっている。よし、それじゃ今夜の夕食を仕込んでいこう。そこで、パンとド−ナツにハムとミルク、それにバナナ、リンゴ各二個ずつを買い込んで持ち帰る。全部で六〇〇円なり。夕食はこれでお腹いっぱい。その後、輝くようなバスタブにお湯をたっぷり注ぎ込み、この旅初めての入浴に体を癒やす。居心地のいい町に素敵なホテルで気分最高、なんとも心休まる一日である。ただの一泊でこの地を去るのは惜しい気もするが、さりとて二泊もすると時間を持て余すことにもなろう。やはり、一泊で惜しみながら立ち去るのがベタ−なのだろうか。



(次ページは「フィンランド・ヘルシンキ編」です。









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