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1.ヘルシンキ・・・・ バルト海の高速船・ビッグサ−モン・リスと小鳥
 
内容豊富な朝食を早目に済ませ、余裕を取って八時にホテルを出発。すぐ横手のバス停へ行き時刻表を見ると、間もなくのころである。間違いなく九二番のバスが来たので、念のため運転手に「港へ行きますか?」と尋ねると、このバスは行かないという。そして、港行きのバスは向こうの角を曲がって行った所だと教えてくれる。てっきり循環バスだとばかり思っていたので、とんだ目論見違いに少々泡を食ってしまう。知らずに乗っていたら、とんでもないことになるところだった。やはり確認第一だ。こんな時のために、時間のゆとりを取っているので安心だ。
 

教えられた方向に行ってみると、バス停が見える。だが、そこで確認するとナンバ−が違う。周りの人に尋ねても、九二番は知らないという。角を曲がった方向は、確かにここなのだが……。またまた昨日と同じ状況に追いやられ、ちょっと焦ってくる。う〜ん、これは困った。モタモタしていると時間を食うので、タクシ−でも拾うかな。そんな気持ちがよぎるが、折角ここまで探しに来たのだから、もう少し探索してみようと歩き出す。
 

広い道路の向こう側にバス停が見える。念のために確認しようと、くるまの途切れる合間を縫って道路を横ぎり渡って行く。そこには確かに九二番の表示が見える。こんな所にあったのだ。傍の人に確認すると、港行きだという。これでホッとひと安心する。港行きのバス停と港から戻るバス停とは全く違う場所にあり、それもかなり距離が離れているのである。これでは戸惑うのも無理はない。昨日のフロントの案内も、いい加減なものだ。
 

やっとバスが来ると、運転手に確認しながら乗り込む。今度は彼もうなずいてくれる。十分も乗っていると港が見えてくる。そして間もなくDタ−ミナルに到着。港はここで降りるのだろうと思い、立ち上がって降りようとすると、運転手が首を横に振りながら私を制止する。ここではないらしい。そこから数百メ−トル走ると、昨日見たA〜Cのタ−ミナルが見える。Dタ−ミナルだけ離れた所にあるのだ。これで無事到着、時計を見るとまだ九時前である。
 

Cタ−ミナルの屋舎に入ると、まだ人気はなくガラ−ンとしている。チケット販売の窓口は開いているので、予約券を提示して乗船券をもらう。座席ナンバ−はどれかと尋ねると、全部自由席とのこと。意外に思いながら、出航まで一時間近く待つことにする。時間が経つにつれ、人が込んでくる。出迎えの人たちもいるようだ。そのうち、両替所の窓口が開いたので、そこで十ドル分をフィンランド・マルカに両替する。電車賃の分だけで、後は現地で両替だ。
 

高速船でヘルシンキへ
九時半ごろになるとヘルシンキからの船便が到着したらしく、どやどやと乗客が上陸してくる。それがやっと終わると、係官がOKの合図を出して出国手続きが始まる。列に並んでパスポ−トにスタンプを押してもらい、岸壁に停泊している高速船に向かう。その写真を一枚撮っておこう。この船は、日本にもあるジェットフォイルの高速船である。ヘルシンキ行き乗客は少なく、船内には空席が目立つ。誰もいない前の方の窓際の席に腰を下ろす。

 




ヘルシンキ行きの高速船










十時に港を出航した船は、バルト海の一番奥まったところにあるフィンランド湾を横切りながら、対岸のヘルシンキへ向かう。今日は曇りで厚い雲が垂れ込めているが、海上はベタ凪ぎで航海にはもってこいの日和である。昨日、陸地から見た海上には白波が立っていたのだが、今日の海面は鏡のような静けさである。美しいタ−リンの海岸線を横に見ながら、船はスピ−ドを上げていく。



 ターリンの町外れの遠望(高速船上より)



 ターリンからヘルシンキへ向かう途中のバルト海の風景(厚い雲が垂れ込めて水平線は霞み、ベタなぎの海面は油を流したよう : 高速船上より)




やはりバルト海コ−スを選んだのは大正解であった。ヘルシンキへはペテルブルクから陸路を列車で直行できるのだが、それでは趣向がないので、わざわざタ−リン経由のバルト海コ−スをとったのだ。船舶で入国するのは、香港からマカオへ行く時に次いでこれが二度目である。


ウェイトレスが注文を取りに回ってくる。そこでコ−ヒ−を頼み、窓を流れる海上の景色に見とれながらコ−ヒ−の味と香りを楽しむ。沖合に進むにつれ、海上は油を流したようにいよいよ静かになっていく。厚くほの暗い雲が静かに垂れ込めていて、その中に水平線が溶け込み、海と空の境目が霞んでよく分からない。こんなに静かな船旅とは予想外である。
 

出航してから一時間を過ぎると、水平線の彼方に陸地が見えてくる。あれがフィンランドなのだ。それがみるみるクロ−ズアップしてきたかと思うと、やがてヘルシンキ港へ入港だ。ここは長崎港によく似た港だが、よく見ると港の入口を塞ぐように大きな島が横たわっている。だから入出航する船は、その細い水路を上手にすり抜けないといけない。この港には数万トン級の大型客船が出入りしているのだが、よく事故がないものだ。






ヘルシンキ港に近づく















ヘルシンキ港へ入港










いよいよフィンランド上陸である。北欧四ヶ国のうち、デンマ−ク、ノルウェ−、スウェ−デンの三ヶ国はすでに旅しているので、このフィンランドで全部土を踏むことになる。森と湖の国フィンランド。北は北極圏の厳しい自然、南はバルト海やボスニア湾に面した美しい海岸線が続くといった多彩な顔を持つ国である。スウェ−デンに約六〇〇年、ロシアに約一〇〇年と、この両国による支配の時代が長かっただけに、スウェ−デン語がよく通じたり、ロシア正教の教会が多く見られたりと、いまだにその影響が随所に見られる。
 

またこの国は、ト−ヴェ・ヤンソン女史が生み出したム−ミン童話や大作曲家ジャン・シベリウスを生んだ国でもよく知られている。ヘルシンキから二時間ほど列車で走ったところにあるフィンランド第二の都市トゥルクの郊外には、実物大のム−ミン谷まで造ってム−ミンの世界に浸れるようになっている。


首都ヘルシンキは、三方を海に囲まれた人口約五〇万(長崎市の人口四十三万)の街である。ロシア皇帝アレキサンダ−一世がスウェ−デン寄りのトゥルクに都があるのを嫌い、一八一二年、サンクトペテルブルクに近いこの地に遷都して以来、首都として、また貿易港として栄えてきた街である。
 

ヘルシンキ上陸
船が岸壁に着いて上陸すると、いち早く入国手続きを済ませ、電車で中央駅へ向かう。ここではホテルの予約をしていないので、駅にあるホテル案内所で今夜の宿を手配しなくてはいけない。近くの売店のお嬢さんに駅へ行く電車の番号と切符の買い方を教えてもらい、海岸通りを走っている電車の停留所へ急ぐ。この街には二両連結の長い市電が走っているが、料金は一律九マルカ(二〇〇円)と高い。
 

やってきた電車に乗り込むと、海岸通りを走ってすぐに繁華街の方へ曲がって行く。中心街は海岸に近いところにある。乗客に教えられながら三つ目の駅で下車する。賑やかな商店街を横切って行くと、塔の建つ中央駅の駅舎が見えてくる。






ヘルシンキ中央駅










駅のコンコ−スはすっきりとして広く、小ぎれいな店舗が並んでいる。モスクワの駅のように人込みもなく、ひっそりした感じである。北欧の国に行くと、どこでもそうなのだが、街には人出も少なく、しっとりと落ち着いた北欧特有の雰囲気が漂っている。だから北欧にくるとホッとするのである。
 

ホテル探し
案内表示を見ながらホテル案内所の在処を探してみるが、矢印の方向に見当たらない。やむなく駅の作業員らしいオジサンに尋ねると、「ここですよ。」といいながら、すすけた建物の入口を指差す。意外な所だと思いながら中に入ると、女性の係員が一人暇そうに座っている。「ホテル予約をお願いします。この近くでそんなに高くないところがいいのですが。」というと、すぐに心当たりのホテルを推奨してくれる。一泊一万円足らずの金額(朝食付き)で、物価高の北欧にしてはまあまあといったところだろう。駅から直ぐというのが魅力だ。
 

ヘルシンキカード
この街には、ヘルシンキカ−ドという観光客向けのチケットが販売されている。これはバス、市電、地下鉄が乗り放題、観光船・観光バスは無料、指定の博物館や美術館、遊園地などが無料となってお得だ。これを案内所で売っているので、その三日券(一六五マルカ=三、六〇〇円)を購入する。
 

教えられた地図のマ−クを手掛かりに、駅の裏手から出て二〇〇mほど歩くと、目指すホテルである。瀟洒とはいえないが、まあまあの庶民的ホテルである。「これにご記入下さい。」といってフロントの女性が差し出す記入カ−ドを見ると、メガネを掛けても文字が小さくてよく判読できない。そこで「文字が小さくて読み辛いですね。」といいながら戸惑っていると、「文字が小さいんですよね。どうぞ、これを見ながら書いてください。」といって大書きしたパネルを持ち出して見せてくれる。こんなお客のために、ちゃんと用意しているのだ。
 

キ−をもらってエレベ−タ−へ行くと、なんとこれが奥床しくもクラシックなリフトなのである。厚いドアを自分で手前に開けて乗り込み、ボタンを押すと、むき出しの壁が目の前を通り抜けていく。ヨ−ロッパの古い安ホテルで、ちょいちょいお目に掛かった代物である。部屋に入ると、シングルベッドが一つとシャワ−が付いていて、まあまあの部屋である。
 

電車で市内遊覧
旅装を解いて一服すると、昼食取りに中央駅へ再び出かける。駅の地下には奇麗なショッピング街があって、さまざまな店が並んでいる。その一角にセルフサ−ビスの軽食店を見つけ、そこでサンドイッチとミルクを買って腹ごしらえをする。お腹が落ち着くと、早速ヘルシンキカ−ドを使って電車に乗り、市内遊覧を試みる。3B番のル−トは環状線になっていて市内の中心部を走っており、街の概観を知るのにもってこいである。
 

車窓からは木々に覆われた閑静な住宅街や美しい公園・並木道などの光景が次々に飛び込んでくる。透明感のある清潔な街並みである。このヘルシンキは、入り組んだ幾つかの湾を持つ半島と、大小数十の島々を抱える複雑地形だが、観光ポイントは中央駅から海岸のマ−ケット広場までの中央部に集中している。それほど大きな街ではなく、また観光ポイントもそんなに多くはないので、二泊もすれば十分のようだ。でも、生憎と帰路の飛行便が毎日ないので、便のある日に合わせて三泊も余儀なくさせられている。
 

マーケット広場
環状線を半時間足らずで一周すると、海岸通りで下車し、すぐ目の前のマ−ケット広場へ向かう。ここは観光船や一般の小型船が発着する岸壁前に広がるスペ−スで、魚類・野菜類・みやげ品などを売る露店商がオレンジ色のテントを張って軒を連ねている。そこには観光客や地元の人たちが押しかけて活気ある賑わいを見せるそうだが、今日は午後の二時を過ぎてしまっているので、ほとんどの店がテントをたたみ店仕舞いしている。
 

そんな中に、まだテントを張ってねばっている店がある。みると、毛皮製品の店で、例のロシア帽や襟巻などをいっぱい並べて売っている。その中には、ふかふかといかにも暖かそうなロシア帽が並んでいて、襟巻も揃っている。思わず立ち止まって中を物色する。店のオヤジサンはなかなかの愛嬌者で商売上手。あれはどうだ、これはどうだと、次々に商品を取り出して見せる。グレイの襟巻を欲しがっていると、奥さんがそれを取って「こんな風に使えますよ。」といいながら頭から被ったり、首に巻いたりして見せてくれる。
 

あれこれ眺めているうちに、どうしても、あのふかふか帽子が欲しくなる。意外なことに、この露天商でクレジットカ−ドが使えるというので、襟巻と帽子を買うことに決める。そこで、オヤジサンと値切り交渉を始め、二点を九〇〇マルカ(二〇、四〇〇円)で手を打つ。これで今度の旅行のみやげは買い納めだ。それにしても、モスクワで買った帽子と合わせ、おみやげ代がいつになく高いものについたものだ。
 

その後はホテルへ引き返し、初めてゆっくりとくつろぐ。さすがに体も疲れてきた。その上、くしゃみもないのに咳が出始めている。どうもロシア風を引いたらしい。夕食はホテル一階のレストランへ行き、ウェ−トレスのすすめるタ−キ−のステ−キと国産ビ−ルのKOFFビ−ルをとって満腹になる。これで九〇〇円。タ−キ−の肉は淡白であっさりしており、この国の名物らしい。ビ−ルもロシアのものよりずっと美味しくて、日本のビ−ルと変わらない。いい気持ちになってシャワ−を浴び、洗濯を済ませて早目に床に入る。



次ページは「市内観光とスオメンリンナ島観光」編です。










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