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  N0.16





11.西安、そして帰国の旅
 
旅の最終日。とうとう帰国の日がやってくる。楽しい旅の日々は、いつもあっという間に過ぎ去ってしまう。6時に目覚めて窓外を眺めると、今日も爽快な快晴である。この旅の期間中、雨が降ったのはホ−タンへ向かう砂漠の中で珍しい豪雨に遭った時だけである。お陰で、持参の傘は用無しとなった。
 

この地でまた、追加のオプション観光をしようとの希望で、今朝早くから城壁の西門見物に出かけることになる。帰国の前のわずかな時間を利用しようとのことで、希望者10人で出向く。兵馬俑を見学したいのはやまやまだが、出発時間の都合でその時間がない。そこで近場の西門だけでもということになったわけである。料金はドライバ−へのチップも加えて50元(=650円)。
 

朝の街路の様子
最後の朝食を済ませると、いつものようにホテル前の道路に出て様子をうかがう。昨夜の人込みとは打って変わり、道路も道路向かいの自由市場もひっそりと静まり返っている。あの人込みと車の混雑はどこへ行ったのだろう? この街にもちゃんと生活のリズムがあるわけだ。24時間区切りのない生活ではないところが好感がもてる。
 

ひっそりとした朝の風景(ホテル前の東大街)


昨夜の賑わいはどこへ? 朝の自由市場。


太極拳?
ふとホテルに隣接する広いテラスを見ると、そこでラジカセの音楽に乗ってダンスらしき運動をしている女性のグル−プが目に留まる。何の運動だろうと興味を抱き、近寄ってしばらく傍観する。休憩になったので、世話人らしき人に「太極拳?」と日本語読みで質問してみると、「??」とした様子で、話が通じない。するとその女性が、目の前の商店の人に助け船を求め、何やら話している。
 

早朝からダンス練習に励む西安の女性たち

すると、中から若い女性が出てきて、「何かお尋ねですか?」と英語で話しかけてくる。これ幸いに、「あれは健康のための運動なんですか?」と尋ねると、「いいえ、あれは近く催されるイベントのためのダンスの練習なんです。」と教えてくれる。てっきり、メロディ付きの太極拳かと思っていたのだが、そうではなかったのだ。涼しい早朝のうちに、こうして練習に励んでいるというわけだ。この街の中年おばさんたちも、しっかり頑張っている。
 

8時になってホテルを出発。玄関前を走る東大街を真西へ1kmほど進むと、交差点の中央にこの街のヘソに当たる有名な鐘楼が建っている。これがロ−タリ−になっていて、交差点をそのまま西へ走る。ここから道路名が変わって西大街となる。この通りを2kmほど走ると城壁の西門に突き当たる。この城壁に上って見学する。
 

唯一の城郭の街・西安
ここ西安の街は人口680万人。シルクロ−ドの起点として有名だが、唐代までの史跡が豊富に残る街でもある。今でも市街を囲む城壁が残っていて古都の雰囲気をただよわせている。この城壁は明代(4世紀)のもので高さ12m、幅は18m、東西の長さ3.5km、南北の長さ3kmで、全周囲の長さは12kmあるという。
 

もちろん、この城郭は街を外敵から守るためのものであり、昔は日の出とともに開門され、夕暮れには閉門さて城内には入れなかったという。こうした城郭も北京をはじめ多くの街では交通障害になるとの理由で取り壊され、冠状道路と化している。だからこうして、今でも城郭が残って機能しているのは中国内で唯一西安だけになってしまったという。
 

西門見学
バスは西門の第一関門である「安定門」をくぐり抜けて中庭に入り、ここで下車。城壁門の中でもこの西門の保存状態が一番良好らしく、その城壁の一角に上って見学する。堅牢な造りの城壁横につくられた階段を上って城壁の上に出る。すると目の前に横長の大きな楼閣が建っている。これも当時のものだろうか?
 








 この安定門より入る。
 門の上には楼閣が・・・。















左手に見える斜面が上り段


階段を上がって城壁の上に出る。ここにも楼閣が・・・。

無数に埋め込まれたレンガの通路を歩きながら城壁からの景観を楽しむ。城壁の角に立つと、まるで大通りのような幅18mの城壁が伸びているのが見える。これが一直線に3km以上も続くのだから、その先は遠すぎて見えはしない。この部分にはレンガの埋め込みがないところをみると、近代になってコンクリ−ト補修がなされたのだろうか? これでは歴史の重みも感じられないし、残念なことではある。毎年、この城壁の上を3周するマラソン大会が催されるそうだ。
 

一直線に伸びる城壁の上。ここでマラソン大会が・・・。


城壁の中庭にきれいな花が・・・

城壁の上から外側に広がる市街の様子を眺めると、ここにも高層ビルが立ち並んでいる。今日は砂塵が舞っているのか遠くは霞んで眺望できない。この西門から真西へ伸びる道路がいわゆるシルクロ−ドへそのまま通じる道として、観光名所になっている。
 

交差点の向こう正面の道路がシルクロードへの道


市街はかすんで見えない

楼閣の中に入ってみると、そこは二階建てになっており、外見の三層とは違うのだ。つまり三階にあたる部分は高い吹き抜けの天井になっており、その巨大な梁を何本もの高い朱塗りの柱が支えている。この二階の部分が土産品売り場になっており、早朝から開店している。この売り場には日本語の上手な案内係の女性がいて、屋内の構造などを説明してくれる。
 








 楼閣の中は土産品店
 屋根裏には巨大な梁が・・・













この二階の西側面には幾つかの窓(1m四方大)が並んでおり、その中央の窓からはシルクロ−ドへの道が真正面に覗けるようになっている。ところが、その窓には危険防止のためか目の微細な金網が張ってあり、撮影するのに障害になっている。迂闊にも不用意に撮影したら、ご覧のようにボヤケてしまう。
 

シルクロードへの道が正面に見える窓

西門見学を終わると南側の朱雀門へ回り、そこから城外へ出て城壁沿いに冠城南路を走って行く。いかめしい城壁の上にはいにしえの楼閣が見え隠れし、その周りには現代を象徴する自動車が走る。これが古代と現代を織りなす古都の風景なのだろう。そんなことを思っていると、どこからか東大街に入り込み、ホテルへ向かう。遠くに城門を見ながらホテルに到着である。こうして早朝の西門観光は終わりを告げる。
 








 これ“スザクモン”と読むんですね。
 あっ、ご存知でしたか。これは失礼!















そびえる重厚な城壁が威圧する


アーチの門が美しい


市内の通り


いかにも古都らしい風景が見える


ここにも城壁が見える


よく手入れされた庭園が広がる


ここにも城壁門が・・・


東大街を走っている。間もなくでホテル。


帰国の旅
これですべての旅は終わり、あとは9時半にホテルを出発して空港へ向かうだけ。その先は帰国の旅が待っているのみだ。少ない荷物をまとめ、部屋を見回して忘れ物のチェックをすると玄関で待つバスに乗り込んで一路空港へ。砂塵に煙る古都西安の街に別れを告げ、満杯になった思い出の箱の蓋を静かに閉じる。次は、いつの日来れるのだろうか……。


12.あとがき
 
いま、9日間の旅を無事終えて、いつになく満足感にひたっている。というのも、念願のタクラマカン砂漠の中にどっぷりと踏み込み、砂漠の匂いと熱と風を全身に感じながら、そこに眠る古代の足音に耳をそばだて、そして歴史の糸をたぐり寄せながらロマンを追うことができたからである。他に砂漠はいくらでもあるが、古代の人たちが命がけで夢とロマンを求めて往き来したこのタクラマカン砂漠を肌で感じ、それと語り合いたかったのである。この砂漠が話しかけ、問いかけてくる何ものかを体得したかったのである。短い時間とはいえ、いま、それができた満足感は大きなものがある。
 

また、旅の日程にはないラクダ乗りやウルムチの天池観光、それに西安西門の見学など、そつなく時間を有効に利用できたことも大きな満足につながっている。滅多とない機会だけに、得られるもの、見れるもの、利用できるものなど、そのすべてを心残りなく満喫したいと思う。それが可能なかぎり実現できたことに大きな満足と喜びを感じている。
 

今度の旅で、なんとか点と線でシルクロ−ドを結ぶことができた。中央アジアのシルクロ−ドではタシケント、ブハラ、サマルカンドなどキジルクム砂漠の横断も含めて9日間かけてかけ巡ったし、今回の旅ではこれも9日間かけて中央アジアにつながるタクラマカンのオアシス都市をかけ巡ることができた。あとは西安からウルムチまでの河西回廊をめぐれば、ほぼ線になってつながる。それから西のロ−マまでの道程はイスタンブ−ルの地を踏んだに過ぎないが、いつの日かこのシルクロ−ドのすべてを線でつないでみたい気がする。
 

こうして素晴らしい旅ができたのも、自分の健康はもちろんだが、私を取り巻く多くの人たちのお陰だと心底感謝の気持ちでいっぱいである。これからも機会があれば、諸条件が許すかぎり、「地球の旅」を続けたいと心より念願している。                                (完)
                             (05年8月5日脱稿)


(長時間のお付き合い、ありがとうございました。不備な点の指摘やご
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