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2.ルツェルン、ハイジの里観光・・・嘆きのライオン・カペル橋・アルプ
  スの少女

スイスの旅2日目。朝5時に起床。昨夜は10時に就寝したので睡眠は十分だ。長旅の疲れもほとんどなく、体調は良好。まずは気になる天候だが、カーテンを開けて窓外を眺めると、まだ暗くてよく見えない。だが、雨は降っていないようだ。


今日の日程はルツェルン湖畔に位置するスイス7番目の都市ルツェルンへ移動して観光、そこからマイエンフェルトへ移動してアルプスの少女・ハイジの里を訪れる予定になっている。


TVは何チャンネルも視聴できるが、早朝でもあるためか、特にこれと言った目ぼしい番組はやっていない。ゆっくりと時間をかけて身体をほぐしながら、TVに眺め入る。ホテル周辺は空港近くで郊外に当たるため何もなく、朝の散策もできそうにない。


そこでロビーにあるPCをインターネットに接続し、わがホームページを検索。するとちゃんとサイトが開かれて、しかも日本語で読める状態になっている。ついでにフリーメールに接続してみると、これも日本語で読めるので問題なし。ただ、日本語入力ができないので、英文かローマ字で書かざるを得ない。PCさえあれば、世界中のどこからでもアクセスできるし、e−mailも送受信できる。実に便利な世の中になったものである。


洗面を済ませ、身支度を整えると食堂へ。スイスの朝食はハム、ソーセージなどが中心の簡素なものと聞いていたが、このホテルの朝食ビュッフェはさすがに豪華版でハム、ソーセージ意外に玉子などもあり、各種のパンとフルーツが揃っている。一通りの品を皿に盛り、コーヒーとミルクでお腹を満たす。これで活力十分、出発準備OKである。


ルツェルンへ
朝8時、チャーターバスでホテルを出発。曇り空の下、ハイウェーを快適に走行しながらルツェルンへ向かう。スイスは山岳の多い国柄だけに、至るところに長いトンネルが掘られており、道路はこの中を走っている。ルツェルンへ向かう道路も、幾つもの長いトンネルを抜けて走ることになる。走行約1時間でルツェルンの街に到着。出発時には雲が多かったが、ルツェルン到着ごろには青空が広がり始め、燦々と陽光が降り注いでいる。


ルツェルンへ向かう途中の風景


ルツェルンの街へ入った


ルツェルンのこと
この街はルツェルン湖の湖畔に位置し、ピラトゥス山とリギ山を臨む場所に位置してスイスを代表する観光都市。ドイツ語圏に属し、人口58000人。ロイス川の両側に広がる旧市街、カペル橋、ライオン記念碑、かつての城壁など観光スポットが多い。湖のクルーズも楽しむことができる。


市内観光
バスは市内に入って湖に面したゼー橋を渡り始めると、左手には有名な木造屋根つきのカペル橋が見える。反対の湖面のほうを見ると遠くにアルプスの山並みが見え、その左手にはホーフ教会の鋭い2本の尖塔が見える。橋を越えるとすぐ近くの時計店の前でバスはストップ。ここで下車して徒歩による市内観光が始まる。


珍しい屋根付き木造橋のカペル橋。ルツェルンのシンボル。


ルツェルン湖の風景


2つの尖塔はホーフ教会

嘆きのライオン像
まずは「嘆きのライオン」像へ向かう。えっ、ライオン像をわざわざ見に行くの?と言う疑問がふと湧いてくる。ライオン像なんてどこにでもあるし、ありふれたものだろうに・・・と言う思いがしたのだ。


白とブルーの旗はルツェルンの属する州旗

案内されるままについて行くと、街の片隅の小さな公園に到着。そこには高さ20m足らずの断崖があり、その下には小さな池がある。ライオン像はこの砂岩の断崖の下部の部分をくり抜いて彫られたレリーフなのだ。近寄ってよく見ると、心臓部と思われる部位に剣が突き刺さって横たわっている。これが致命傷となって瀕死の状態に陥ったライオンの苦悶する表情が見事に表現されている。う〜ん、これはただの平凡なライオン像ではないぞ、と初めて悟ったのである。


ライオン像が彫り込まれた砂岩の断崖


瀕死の表情が見事に彫り込まれている。

この像の謂れはこうである。フランス革命の最中1792年のテュイルリー宮殿を守るためにスイス人傭兵が殉死したことを偲んで造られたものと言う。スイスは国土が小さく産業もさほど多くはないので、多くの人々は外国に傭兵として出向いていたらしい。このライオン像は命をかけて義を通したという彼らスイス人の心意気を表わしたものだと言う。


ホーフ教会
ライオン像を見終えると、そこから少し移動してホーフ教会へ移動する。先ほどゼー橋の上から眺めた2つの尖塔を持つ教会である。その前に立つと、尖った鉛筆の芯のように細く伸びた尖塔が天を突くようにそびえている。教会の建物は2つの塔に挟まれて窮屈そうに建っている。


ホーフ教会の尖塔

このホーフ教会はルツェルン市民の信仰の場となっており、元々8世紀にベネディクト派の修道院として建てられた教会だという。火事で焼失の後、1645年に再建されたスイス有数のルネッサンス建築である。外観を眺めただけで中へは入らず立ち去る。


旧市街散策
湖畔べりに移動しながら旧市街へ向かう。市民の足はトロリーバスで市中を縦横に走っているので、歩いているとよく出会う。朝9時台のストリートはひっそりとして人影はあまりなく、行き交う車も少なくて静かな街の風景を見せている。


街中を走るトロリーバス


茶色の路線は自転車専用道路?


ルツェルン市内のストリート


ルツェルン市内の通りで出会った猫ちゃん

湖畔のプロムナードに出ると、その向こうには高い山が見え、遊覧船が静かに浮かんでいる。岸辺にはベンチが設けられ、青々と茂った並木が緑陰をつくって素敵な憩いの場を提供している。水際には白鳥やカモたちが遊び戯れ、のどかな光景を見せている。


ルツェルン湖畔のプロムナード


湖畔には白鳥やカモの群れが・・・


ルツェルン湖の風景


ルツェルン湖畔に浮かぶ船上レストラン


バスの乗降風景


バスの案内表示板は電光掲示になっている

ここを通り過ぎ、通りを横切って珍しい屋根付きのカペル橋を横目に見ながら旧市街へ入って行く。街の小さな広場には長い刀剣を腰に差した人物像が立つ噴水がある。4階建ての建物が両側に並ぶ路地を通り抜けて行くと、おや? こんな所にも教会の塔が見える。


カペル橋と八角形の水の塔


旧市街の中にある噴水


旧市街のストリート


教会の塔が見えてきた

さらに進んで行くと、路傍に何やらブルーの袋が並べてある。ゴミ袋にしては頑丈なようだが、やはりそうなのだろうか? 各ビルの玄関前に並べてあるところを見ると、今日はゴミ出しの日なのだろう。


頑丈なゴミ袋


玄関先にはゴミ袋の山が・・・


旧市庁舎
先へ進んで行くと、旧市庁舎の高い塔が見えてくる。見上げる塔は時計台にもなっている。庁舎の壁にはルツェルン州の州旗であるブルーと白の旗が掲げてある。辺りはひっそりとして人影もない。



旧市庁舎の塔


ゴミ収集車
市庁舎を通り過ぎて行くと、ゴミ収集車と出遭う。やはり今日はゴミ出しの日なのだ。何処も同じ収集風景だが、車体と作業員の服の色はオレンジで統一されている。いやが上にも目立つ色である。


ゴミ収集車


壁面装飾の建物
通りを進んで行くと、軒先に突き出たお店の看板が目に留まる。彫金された彫り物が金色に輝いており、取り扱い商品をイメージした老舗の看板なのかもしれない。凝った看板を見上げながら進んで行くと、高い建物に囲まれた広場に出る。この狭い広場はたちまち我が集団の一行に占拠されてしまう。


彫金の珍しい看板


旧市街の広場

旧市街の建物はみんな高くて、5階建ての建物が隙間なく隣接し合って建っている。そんな中に建物の壁面いっぱいに装飾模様を施した建物が何棟も建っている場所がある。その中の1棟には、かの有名な最後の晩餐の絵を描いている建物もある。こうした壁面装飾は街の景観を一層あでやかにするもので、通行人の目を楽しませてくれる。


見事な壁面装飾


壁面装飾の建物が並ぶ


最後の晩餐の絵が描かれている建物


カペル橋
旧市街を通り抜けてロイス川のほとりに出る。


ロイス川の風景

川沿いに移動しながら橋に出ると、ルツェルン名所のカペル橋を遠くに眺めながら対岸へ渡る。


川下の橋からカペル橋を眺める

ここから川沿いに少し移動するとイエズス教会がある。1666年に建築されたスイス最古のバロック建築とか。中に入ると人気はなく、豪奢な祭壇が荘厳な雰囲気を漂わせている。高い天井には隙間なく装飾が施され、壁面の装飾と相まってきらびやかな雰囲気も漂わせている。


教会の礼拝堂


天井の装飾が美しい


ロイス川と対岸の風景。旧市庁舎の塔が見える。

教会を後にしてカペル橋の方へ移動する。ルツェルンの街のシンボルであるこの橋は、ロイス川にかかる木造・屋根付きの珍しい橋だが、さらに変わったことには、川を斜めに横切るように設けられているという点である。普通の場合、橋は対岸と直線の最短距離で結ぶはずだが、この橋は違うのだ。だから、その分距離が長くなっている。その斜めの理由は、川の流れに押し流されないようにとのことらしい。次の地図を参照。


大きな地図で見る

このカペル橋は1300年代に造られたヨーロッパ最古の木造橋で、全長200m。珍しい屋根付きが特徴となっている。1993年に右岸側の大半が人事で焼失したが、翌年に再建されている。


橋の途中にある八角形の塔は「水の塔」と呼ばれ、見張り台、牢獄、貯水塔と時代に応じて様々な使い方がされてきたという。カペル橋は城砦の一部として建造されたものらしく、そのことから「水の塔」の存在意義が分かるというもの。それと同時に、この橋が斜めに架かっているのは単なる橋ではなく、城砦の一部としての役目があったからと言えるのだろう。


カペル橋と「水の塔」

屋根付き橋の天井部を見ると、そこにはルツェルンの歴史が描かれた板絵が梁に架けられている。112枚もある三角形の板絵だが、これは17世紀の画家ハインリッヒ・ベグマンの作品だそうである。欄干には季節の花のプランターが掛けられている。今とりどりの花が植えられて橋に華やかないろどりを添えている。


カペル橋の梁に架けてある三角形の板絵


橋の欄干には美しい花が・・・


カペル橋の内部


梁には板絵が何枚も・・・


フリータイム
橋の屋根の天井部分に張り付けられた板絵を眺めながら対岸まで渡りきる。この後、30分ほどはフリータイムと言うことで自由に過ごすことに。そこで早速、湖畔に出てプロムナードのベンチに腰掛け、白鳥やカモたちが群れ遊ぶ風景に見入りながら、のどかなひと時を過ごす。


ルツェルン湖に浮かぶぬいぐるみのようなカモ

湖畔には多くの白鳥やカモの親子が仲良く共存しており、時折、人が投げ与える餌に群がってついばんでいる。冬の湖はどんな風景に変わるのだろう?


湖面にきらめく陽光の遠く向こうには冠雪したアルプスの山々が眺められ、何とも素敵な風景である。風もなく、気温は20℃前後で寒くも暑くもない、とても心地の良い快適気温である。


(動画)ルツェルン湖の風景



(動画)ルツェルン湖畔の風景


このルツェルンの街はこぢんまりとした静かな湖畔の街で、落ち着いた雰囲気がただよう素敵な古都である。山と湖に囲まれ、住むのには申し分のない環境のようだ。そんなことを思いながら湖畔の風景に時を流していると、そろそろ出発の時間である。


ハイジの里・マイエンフェルトへ
11時になると湖畔の街ルツェルンを後にして、西へ移動する。向かう先はマイエンフェルトの村で、そこにアルプスの少女で有名なハイジの里があるのだ。女流作家ヨハンナ・シュピーリ(1827〜1901年 )の児童文学小説『アルプスの少女ハイジ』の舞台とされている場所で、マイエンフェルトの近くにあるイェニンス村を舞台に書き上げられた作品である。


この作品で世界的に有名になり、世界中から多くの観光客が訪れるようになった。アニメ映像化されたこともあって日本では人気化し、その影響もあってか特に日本人観光客が多いと言われる。この地方の特産物はワインとされている。



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マイエンフェルトへの行き方

チューリッヒZuerichからクールChur行きの急行でザルガンス
SargansかバートラガッツBadRagazで乗りかえ。1駅か2駅で
マイエンフェルトMaienfeld。所要約一時間半。

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ルツェルンからマイエンフェルトまではバスで2時間足らずの行程。ハイウェーを快適に走行しながら目的地へ向かう。両側の車窓には緑の田園風景や美しい草原の風景が流れて行く。


マイエンフエルトへ向かう途中の風景


同 上


同 上


同上。遠くに湖が見える。


同上。美しい草原の風景


(動画)マイエンフェルトへ向かうバスの車窓風景


目的地に近づいたところでメイン道路からそれて細い山路へ入って行く。えっ、こんな車の離合も難しいような狭い道に入って大丈夫なの?と心配されるほどの山路である。ところが、こんな細道でも悠々と大型バスが往来している。当然のこととして、離合はどちらか余地のある方が譲って通すことになる。観光名所だけに、バスの往来も多いようだ。


メインストリートを抜けて細い道路に入る。この先がハイジランド。


ハイジランド
この山路を通り抜けると小さなハイジの公園に出る。この地域一帯がハイジランドと呼ばれ、公園やハイジのテーマ博物館であるハイジハウスなどがあり、ハイキングコースのハイジアルプなどが広がっている。このランドは山裾に広がるのどかな草原地帯で、特に変哲もない平凡な山村地帯である。


ハイジランドの案内板

小さなハイジ公園の前でバスはストップ。公園の片隅にはハイジの像と泉が一体となった石像が置かれている。愛らしいハイジが、流れ出る泉を上から覗き込んでいる構図である。この像は子供たちの寄付によって造られたものと言う。いよいよオリジナルハイジの里に入ったわけである。


子供たちの寄付でできたハイジの泉の像


ハイジの泉公園


昼食はレストランで
公園で小休止した後、バスは少し移動してレストランへ向かう。ハイジランド唯一のホテルレストランのようだが、瀟洒で立派な建物になっている。建物の周囲にはお茶を飲む木彫りのハイジ像やヤギの乳しぼりの像などが配置され、ハイジムードを醸し出している。ハイジランドの観光客はみんなこのレストランで食事するルートになっているようで独占状態だ。


ハイジランドにある瀟洒なホテルレストラン


ハイジの木像


羊の乳しぼりをする木像

昼食のメニューはスープにスパゲッティ&七面鳥のフライ。デザートはワインのゼリーである。注文のハイジ赤ワインはグラス1杯で8フラン(800円)。口ざわりはまろやかで、良い味をしている。これらでお腹いっぱいとなり、外に出て辺りの風景を楽しむ。眼前には低い山に囲まれた里山の風景が広がっている。


スパゲッティと七面鳥のフライ


地元産のワイン


マイエンフェルト一帯の風景(レストラン前より)


ハイジのテーマ博物館「ハイジハウス」
昼食を終えて一息つくと、このハイジランドのメインポイントである博物館のハイジハウスまでハイキングしながら移動する。ハイキングと言ってもたかだか10分少々の距離である。のどかな野道をてくてくと歩いて行く。こうして歩いていると、向こうからハイジが鼻歌を唄いながらスキップしてやって来そうな雰囲気である。ハイジランドに来たからには、すっかりハイジムードにひたり切ることが肝要だ。


草原の中をハイジハウスに向かう


同 上


草原には愛らしい草花がいっぱい


草原にぽつんと咲く花


草原の愛らしい花々


草原の愛らしい花々

間もなく、前方に白壁石積みの素朴な建物が見えてくる。これがハイジハウス(博物館)である。これはオーバーロッフェル村にあった古い農家を、数年前にスイス観光局が買い取り、ハイジの物語の頃の生活の様子を伝える博物館をオープンしたもの。台所、寝室、納屋など、物語の中に描かれていたとおりのアルプスの農民(牧童)の暮らしが再現されている。


ハイジハウスの看板


同 上


素朴なハイジハウスの建物


ハイジハウスの表示板


隣接するショップの案内板。日本語表示もあるところから、いかに日本人
観光客が多いかがわかる。



ハイジハウスの入場料金。大人・7スイスフラン(700円)

建物の中は2階建てになっており、窓が少ないので薄暗くてよく見えない。ワイン樽の置かれた部屋や醸造の作業場、リビング、寝室、腰掛式のトイレ、アルムおんじの作業場、ハイジの寝室、タンス部屋、穀物部屋、食堂などが忠実に再現されている。


ワイン樽


ワイン醸造道具?


リビング


ベッド


2階への階段。別の位置に大きな階段がある。


トイレ


2階への階段


工作部屋


ハイジのベッド


タンス部屋


穀物貯蔵部屋


作業室


食堂


ゲストブック。日本語も見える。


各国語に翻訳さてたハイジ物語本

こうして部屋を眺めて歩いていると、どこからかハイジが飛び出して来そうで、その気配さえ感じるようだ。ベッドにも今起きたハイジのぬくもりが残っていそうだ。この博物館はハイジファンにとってはたまらない雰囲気だろう。


ハウスの近くではヤギが放し飼いされており、触れ合うこともできる。ハウスに隣接して土産品類の小物を売るショップがあり、オリジナルスタンプを押してくれる郵便サービスもある。


ハウスの周りには花が・・・


鶏も飼ってある


羊も・・・


(このハイジハウスで挙式する海外ウェディングプランも売り出されている。)


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            アルプスの少女ハイジ あらすじ

1才にして両親を亡くしたハイジは5才の時におばのデーテのもとからアルムおんじのもとに預けられる。ハイジはアルプスの大自然のもとで明るくのびのびと暮らす毎日はとても幸せなものでした。

ところがハイジが8才の時デーテがハイジを無理矢理フランクフルトの屋敷に連れ去ってしまいました。そこでハイジは体が弱くて歩くことのできないクララという少女に出会います。ハイジとクララはとても仲良しになりましたがハイジは望郷の念から病気になってしまいアルムの山に帰るのでした。

アルムの山で再び元気になったハイジのもとにクララが病気療養のためにやって来ます。ほとんど家の外に出たことのなかったクララはアルプスの大自然のもとで元気に暮らし、努力の甲斐あって立って歩けるようになるのでした。

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       (以下は朝日新聞記事より転載)

スイス・マイエンフェルト市は人口2800人足らず、日本人の感覚では「村」と呼びたくなる市です。ここはヨハンナ・シュピーリが1880年に発表した児童文学『ハイジ』の舞台として知られます。マックス・ロイエナー市長(62)によると、それが地域の財産であると市民が自覚したのは日本人のお陰だそうです。1974年にアニメが放映されて以来、はるばる極東から足を運ぶ旅行者が急に増えたといいます。

今も日本人を乗せた観光バスがひっきりなしにやって来ます。日帰りツアーが立ち寄るのは、主に2カ所。ハイジの石像から水が湧く「ハイジの泉」と、邦訳やアニメでは「デルフリ村」として出てくる集落にある「ハイジの家」です。「ハイジの家」を運営する会社のハンス・ミュンテナー社長(63)によると、開館は98年5月。年間約8万人の利用者のうち、少なく見積もっても4割が日本人といいます。「スイスでは日本人に会いたいなら、マイエンフェルトに行けという冗談があるほどです」。一方で、ハイジの名がついたホテルや、わらのベッドを用意する民宿もあるのに、滞在型の観光客は少ないそうです。

もしも、ハイジの故郷を訪ねる予定があるなら、アニメの第1話で予習することをお勧めします。だるまのように着ぶくれしたハイジが、デーテおばさんに連れられて、アルム(牧草地)のおじいさんの元に向かう道行きが、原作以上に丁寧に描かれています。温泉保養地のバートラガツからライン川を渡り、マイエンフェルト市街地を経てデルフリ村へ。そこまでのハイジの表情は暗いばかりです。顔が明るく輝き出すのは、山道に入り、自然を感じ始めてから。森を抜けると同時に、主題歌「おしえて」がかかり、ハイジは荷物を減らすために着させられていた服を1枚1枚脱ぎ捨て、牧草地を駆けていきます。

アニメでおじいさんの家のモデルになった山小屋が立つ通称ハイジアルプへは、「ハイジの家」から徒歩で1時間半はかかります。原作者自身も覚悟をしてから山に入ったと言われます。「泉」と「家」に寄るだけでは、ハイジが味わったあの解放感は実感できないでしょう。

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サンモリッツ(St.Moritz)へ
ハイジランドで昼食を含め約3時間を過ごした後、午後3時半、本日の宿泊地サンモリッツへ移動する。バスで約2時間の行程である。今度はマイエンフェルトから南下することになる。


サンモリッツと言えば、世界のVIPが集うスイスきっての高級リゾート地で、絶景ルートを走る日本人観光客憧れの「氷河特急」「ベルニナ特急」の発着点でもある。美しい森と湖、ベルニナアルプスの名峰に囲まれたサン・モリッツは5ツ星ホテルや有名ブランドショップが建ち並ぶ人口約5000人の静かな街でもある。


サンモリッツは二度(1928年、1948年)の冬季オリンピックやスキーワールドカップを開催するなどウィンタースポーツの聖地としても有名で、標高1800mの高地でもある。今では世界的なウィンターリゾートとして有名なサンモリッツだが、約150年前までは山間の寒村だったという。


“St.Moritz”の名前の由来だが、かつてこの地にやってきたローマ兵が殉死し、その兵を聖人として崇めたところから来ているそうだ。「セント・モウリッツォ」というわけだ。



サンモリッツへの道程は約2時間で、最初はハイウェーをひた走り、やがて後半に差しかかったところで山間部に入り、冠雪の山々を見ながら標高を高めて行く。そしてユリア峠(Julia pass標高2284m)に差しかかる。この峠の茶屋で小休止を取る。


サンモリッツへ向かう途中


同 上


標高が高くなり、冠雪した山並みが見え始める。


湖が見えてきた


牛の放牧


山間から流れる滝水


そろそろユリア峠に近付く


ジグザグ道を上って行く


斜面には羊がいっぱい


ユリア峠の表示板


ユリア峠の片隅に咲く花


同 上


同 上


同上。タンポポがこんな高山にも・・・


(動画)ユリア峠の風景


峠を越えると、サンモリッツはもうすぐの距離だ。しばらく走ると木陰の向こうに湖が見え隠れし始める。やっとサンモリッツに入ったのだ。バスは中心街から少し外れにあるHOTEL EUROPAの前でストップ。ここが今宵の宿である。夕刻6時ごろの到着である。このホテルは日本人観光客の定宿らしく、数団体の日本人グループが同宿している。規模は大きく、斜面に段々畑のように建物が広がっている。


サンモリッツに入ってきた


サンモリッツの湖と教会が見えてきた



(動画)サンモリッツのホテル(HOTEL EUROPA


ホテルで夕食
素敵な部屋にチェックインして旅装を解く。おや、ここのシングルベッドの何と小さく狭いことよ。これでは寝返りで落っこちそうだ。しばしの休息の後、ホテル食堂で夕食である。メニューは前菜のパスタ、メインは魚料理で、デザートはうれしいストローベリーのアイスである。飲み物にファンタ1本(6フラン(600円)を注文。何とも高い値段である。


とまれ夕食でお腹を満たし、部屋に戻って湯船にお湯を張る。ゆったりとバスタブにひたりながら、旅の疲れを癒やす。今日は好天に恵まれ、素敵な旅が楽しめたことに感謝しながら汗を流す。


入浴を済ませると、明日も好天を祈りながらベッドに横たわる。夜10時のことである。


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サンモリッツへの行き方

    (その1)チューリッヒから鉄道(直通)でサンモリッツまで所要3時間
          20分
    (その2)イタリアのTiranoからベルニナ特急でサンモリッツまで所要
          2時間10分

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(次ページは「ベルニナ特急・ベルニナアルプス・絶景ハイキング」編です。)











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