長 崎 の 精 霊 流 し




毎年8月15日は、長崎夏の風物詩、名物「精霊(ショウロウ)流し」。先祖の霊を慰め、その御霊を極楽浄土へ送り出そうという昔からの大切な行事なのです。それは、さだまさしの大ヒット曲「精霊流し」にも歌われてつとに有名。その哀調を帯びたメロディーは、多くの人々の心をとらえたものです。


その静かなメロディとは裏腹に、実際にはなんと喧騒な精霊流しでしょう。それは精霊船を引きながら多量の爆竹を打ち鳴らすからです。戦前までは、爆竹も出発の合図程度で、道中は静かなものでした。それが戦後の経済成長とともに華美になり、多量の爆竹を使って終始打ち鳴らす慣習に変わってきたようです。


一度、実際に現場に立ってみると、そのけたたましい音響にきっと驚きの声を発することでしょう。耳をつんざくといったレベルのものではありません。見物客の至近距離で破裂する爆竹音は、それはそれはすさまじく、実際に鼓膜を破るほどの音響なのです。


なかには、ダンボール箱いっぱいに詰められたままの状態で爆竹に火をつけて打ち鳴らす無謀な者もいます。そんな時には、ものすごい破裂音とともに火柱が立ち上り、非常に危険です。


だから見物客は隣に立つ人との会話も聞こえず、破裂して飛び散る火の粉や紙くず片をかぶることになります。見物客は、よほど注意して見物しないと、鼓膜を破ったり、ヤケドを負ったりすることになります。だから、見物には耳栓が必需品となります。


精霊船には、長さが10m以上の大型のものがあります。その長さや高さが規制されていて、長さ10m以下、高さは3.5m以下、連結する場合は、船の胴体部分が7m以下となっており、それ以上の大型船は作られないことになっています。警察では、大型の船を出す場合は、事前に船の責任者や爆竹の管理者などを集めて注意を促しているようです。でも、長さはともかく、爆竹などではなかなかそれが守られません。観衆の近くに向かって爆竹を投げ込んだりするのです。


精霊船は、独特の形をしています。船のみよし(船首)部分は、写真のように竹を曲げて炎型の円筒を作ります。そして、その中には燈を灯します。その周囲は杉の葉っぱで蔽います。覆いには杉の葉を使うのが伝統的なものですが、近年は船の数も多くなり、杉も入手困難とあって、造花で蔽うようになりました。



これは、桜馬場町町内のもやい船(共同船)。町内自治会が中心になって作ります。本番を控え、準備も整いました。町内住民は各家庭の精霊をこれに乗せて流します。みよしには桜馬場町の「桜」のイニシャル、みよしは杉の葉っぱで蔽われています。帆には阿弥陀如来像が。











これは、鳴滝町のもやい船。
みよしは造花で蔽われています。出発を控え、準備完了です。船の前には、チャンコンチャンコンと叩く「鐘」が見えます。








みよし部分には、その船の主催者のイニシャル文字や家名が大きく書かれます。船は町内や職場単位で出すものと、自家で出すものとがあります。それによって、それぞれのイニシャルや家名を書きこみます。中に燈を灯すと、その文字が浮きあがって見えるようになります。暗闇に浮かぶみよしの灯かりが、なんとも幻想的です。


船の胴体部分には屋形船のように屋根を作り、周りには家紋の入った提灯を並べて燈を灯します。昔はロウソクだったのが、近年はバッテリーを積み込んで電球で点灯するようになりました。大型船になると2階建てで、3連結したのもあり、そうなると全長は30mぐらいにも及びます。そして、ぶら下げる提灯が160個ぐらい、担ぎ手も100人を超えて壮観です。





これは2連結の大型船。
2階建ての屋形には多数の紋入り提灯が並んでいます










船の中央には帆柱を立て、それに「西方丸」、「南無妙法蓮華経」「南無阿弥陀仏」などと大きな文字で書き込んだり、阿弥陀如来像の絵を描いたりした帆を掲げます。そして、船尾部分はコの字型の棒を取り付け、そこに暖簾のようにワラを取り付けて垂らします。これが典型的な昔ながらの精霊船のスタイルです。





自家の精霊船。
みよしには、家名のイニシャルが。帆には「西方丸」の文字。担ぎ手は、そろいの腹掛け衣装。















家紋の入った装束を着た担ぎ手たち。
途中で、ちょっとひと休み。









なかには、個人の趣味や好みに因んで趣向をこらし、飛行機や軍艦、自動車、クレーン車など、風変わりな船を作るケースも見られます。


精霊流しには、この船以外にも必需品があります。それは、「しるし燈篭」と鐘です。前者は長い竿竹の先に提灯風の燈篭を取り付け、船が移動する時の案内燈篭の役目をするのです。その形は、丸や三角、四角に菱形など、さまざまなものがあります。これにも、イニシャル文字や家名が書かれ、中には燈を灯します。


もうひとつは鐘です。これには普通、円盤状の鉄板が使われます。大きさは直径30〜40cmぐらいで、それを吊るして二人で担ぎ、移動しながら打ち鳴らすのです。


この船作りは、大型のものは半月ほど前から始まります。本職の大工さんが作るものもあれば、素人が見よう見真似で作るものもあります。凝ったものでは、百万円単位の費用をかけた豪華船もあります。


また、船の担ぎ手にもハッピや江戸職人が使っていた腹掛けなどの衣装が用意されます。背中には染め抜きで、町名や自家の名前が入れられています。それに、鉢巻用の揃いの日本タオルも準備されます。


さあ、これで精霊船の準備ができました。担ぎ手が集まれば出発です。早いところは、夕方の6時過ぎごろには出発します。大物の出発はやや遅くて7時半を過ぎた頃から出発です。


まず、出発の合図に爆竹が鳴らされ、鐘がジャンジャンジャンとけたたましく打ち鳴らされます。昔は、船をみんなで担いで運んでいたのが、戦後になってからは、船底に小さな車輪を取り付け、ゴロゴロと引きながら運ぶようになりました。このほうが楽なのです。こんなところにも省力化を図っているのです。


出発準備ができたところで、鐘が「チャンコン、チャンコン」と打ち鳴らされ、その次にみんなで「ドーイドイ」と掛け声をかけながらゆっくりと進んで行きます。先導役は高く掲げられた「しるし燈篭」です。その次に鐘が続き、その後に精霊船が続きます。船の後ろには遺族や関係者が並んで付き添います。進行中は、絶えず「チャンコン、チャンコン」「ドーイドイ」と、鐘の音と掛け声が響き渡ります。


この精霊流しは、市内の各地区に流し場が設けられており、それぞれ最寄りの流し場まで運ばれます。そのメインコースは、市内の中心街である思案橋→県庁前→大波止のコースです。このコースの沿道には大勢の見物客が埋め尽くします。例年12万人ぐらいの人出になります。だから、大型で豪華な船を作ったところは、それをみんなに披露したいわけです。そこで、遠方の場合は、わざわざトラックで船を中心街の思案橋まで運び入れ、そこからメインコースを運ぶのです。だから、大物の豪華船を見ようと思えば、メインコースに行くのが良策なのです。






精霊流しのメインコース(思案橋→県庁前→大波止)には、夜遅くまで精霊船の行列が続く。
いくつかの「しるし燈篭」も見えます。







こうして激しい爆竹音と硝煙のけぶる中を鐘の音やドーイドイの掛け声が入りまじりながら、精霊船の行列は11時過ぎまで続きます。このメインコースの流し場は、大波止海岸になっています。現場に到着すると、提灯や電球など、主な付属品を取り外して船を裸にし、岸壁に横付けされたハシケに投げ込みます。そこでは待ち構えていたクレーンがわしづかみにしながらぐしゃりとつぶし、運搬船に放り込むのです。精魂込めて作った精霊船もこうして一瞬のうちに破壊されてしまうのです。その様子を見ていると、とても寂しい気持ちになり、思わず合掌してしまうのです。こうして流される精霊船は、例年市内の分だけで1300隻あまり、県下全体では3000隻を超えるのです。


運搬の役目を終えた担ぎ手たちは、それぞれの船元の家へ戻り、そこで打ち上げの宴が催されます。一方、精霊流しが終わったころ、市内の主要道路では、一斉清掃が始まります。道路いっぱいに散らばった爆竹や花火の破片を清掃車が出て清掃作業が始まり、深夜のうちに作業を終えることになっています。毎年その費用は多額に上ります。長崎の夏の一大イヴェント「精霊流し」も、こうしてすっかり跡形もなく終わりを告げます。


≪2000年8月15日の精霊流しと人出≫
・県内で3200隻、22万人の人出
・市内で1400隻、13万人の人出




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                 08年版精霊流し(08年8月15日)


今年も賑やかに行われました。
今度はその様子を動画に収めてみました。
撮影場所は精霊流しのメインストリート・県庁前の坂です。ここではTV中継があっており、そのためライトが照らされるので撮影には絶好のポイントです。
なお、今年の見物客の人出は去年より多い17万人でした。


 担ぎ手は江戸職人が使っていた腹掛けを着ています



 精霊船が列をつくって通ります



 先頭には先導役の「しるし燈篭」、みよしは杉の葉で覆われています。



 みよしに「東浜」の文字が見えます。これは中心街の東浜の町の町内船です。



 この西浜の町の精霊船は、この夜見た中では最大のものでした。
 船体が4連結と長大の船は、やはり迫力がありますね。



 市内の私立高校・短大を経営する玉木家の精霊船のようです。



 こんな至近距離で爆竹を鳴らされると鼓膜が破れそうです。見物には耳栓必携ですよ!







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