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              NO.34




26.シャモニ・モンブラン・・・ アメリカ娘と大パノラマの景観と

今日はシャモニへの移動日というのに、またもや到着日と同じこぬか雨である。当初の予定ではジュネ−ブのほうへ直行することにしていたのだが、地図を眺めているうちにフランス国境ぞいにあるモンブランへは少し迂回すれば行けることがわかり、コ−スを変更したわけである。でも鉄道の乗り継ぎがややこしい。ここから七時三十九分発の列車で出発し、スピィツ、ブリック、マルティニ、バロルシヌと四回も乗り換えて午後一時半シャモニに到着である。
 

ブリックからマルティニまでの約一時間、老夫人と一緒に乗り合わせていろいろと話を交わす。今は夫に先立たれて独り暮らし。一人娘は結婚し、インタ−ラ−ケン近くの湖の対岸に住んでいる。時々会いに行くのだという。朝は七時ごろに起き、夜は十時か十一ごろには休む。朝食はパンとティ、昼はサラダで時々ライスにワイン一杯、時には二杯もいけることがある。夕食は肉類を食べるのだという。彼女の話からは、安穏な日々の暮らしがうかがえる。
 

マルティニ駅から始発するシャモニ行きの路線は、それはそれは田舎のロ−カル線もいいところで、三両連結の列車もポンコツである。しかし、これでもれっきとしたフランス国鉄なのだ。でも、ロ−カル線だけに思わぬ収穫が得られる。それは、ぞっとするような景観である。このポンコツ列車は、ユングフラウ登山電車と同じように歯車をかませながら谷間の狭い斜面を山奥へ向かって登って行く。


車窓から見える深山の眺めは抜群なのだが、なかでも圧巻なのは大峡谷の景観である。どこまでも深く切り込んだ大峡谷の縁を、列車はゆっくりと通り抜けて行く。窓から眺め下ろすと、線路の路床さえ見えないぎりぎりの縁を通るので、まるで谷の中に浮いているような錯覚を感じて、思わず全身にズ−ンとする身震いが走る。こんな経験は珍しい。






シャモニへ向かう列車の車窓から見えるめまいがするような大峡谷








途中の駅でも、これが駅?と思われるくらいちっぽけなものもあり、そんなところにも山深い大自然のふところに抱かれたひなびた寒村が点在しているのである。これほどの深山幽谷にも人びとの生活の証が見られるのは感動的でさえある。シャモニへのル−トはジュネ−ブ方面からもあるが、このコ−スはヨーロッパ鉄道の旅で見られる絶景のベスト10にもリストアップされているほどのもので、絶対お勧めである。
 

マルティニ駅から乗り換えたポンコツ列車には、数人の客しか乗っていない。隣の席にリュック姿の若い女性が一人で座っている。そこで声を掛けると、待っていましたとばかりに話し始める。彼女はワシントンDCに住む二十七歳のアメリカ娘。両親はバ−ジニアに住んでいるという。会社を辞めて、いま失業中とか。その間を利用して、ヨ−ロッパをめぐる一ヶ月の独り旅を楽しんでいるという。陽気なアメリカ娘で、同じ独り旅者同士ということですぐに意気投合してしまう。同じ席に移って、お互いの旅行経路を地図で追いながら、あそこはよかった、ここはパッとしなかった、などと楽しい語らいが続く。
 

突然、「わたし、何歳だと思う?」と茶目っ気たっぷりに私に問い掛ける。そして、「さあさあ、当ててごらんなさいよ。」といいながら「フン♪フン♪フン♪…」と鼻歌で拍子を取り、体を左右にゆすっておどけている。私がどんな答えを出すのか楽しみでならいといった様子である。そこで、実際より多めにいったら失礼だから少なめにと思い「二十五歳?」と答えると、にこにこしながら満足げに「二十七歳!」といい放つ。アメリカ人らしいチアフルなお嬢さんである。


話の合間によくあくびが出るので睡眠不足かとたずねると、昨夜ユ−スで同宿した者の高イビキでほとんど眠れず、今日は眠くてたまらないという。シャモニに着いたらすぐモンブランに登り、夜行で次の目的地まで行くのだという。雨は上がっているが、今日の天気では無理だから一泊して待ちなさいよというと、予定があるので登れなくてもやむを得ないという。

 
バロルシヌという小さな駅で最後の乗り換えのため下車。ここで五十分近くの待ち合わせがあるので、彼女とインスタントコ−ヒ−を買って飲んだりしながら時を過ごす。駅員は一人しかいない田舎駅で、彼女は彼をとらまえて帰りの連絡のことで長い長い質問を続けている。やっと終わったので、今度は私がTGV(フランスの超特急)の予約がここでできるのかたずねてみる。数日後にジュネ−ブからパリまでTGVに乗る予定なのだ。すると、可能だという意外な返事が返ってきて驚く。こんなド田舎の駅でも、ちゃんとパソコン端末が備えてあるのには感心させられる。


最初「ティ−・ジ−・ブイ」と発音したところ、相手が分からず怪訝な顔をするので繰り返し発音していると、彼女が横から「ティ−・ジ−・ヴィ」だと教えてくれる。なるほど、“ブイ”ではなく“ヴィ”と発音しないと通じないのだ。“V”の発音が“ブイ”という日本語的発音になっているのに気づかなかったのだ。これで一つ教えられた。
 

シャモニ到着
午後一時半、空はどんよりと雲が垂れ込めたシャモニ駅に到着。もう相当高地まで来た感じである。ここもモンブラン登山の基地の町といった感じで、こぢんまりとしている。彼女と握手しながら別れを惜しみ、互いに名前を記し合って別れを告げる。彼女は登山ロ−プウェイ駅へ、私は駅にいちばん近いホテルへ直行してチェックインする。一泊三〇五フラン=五、五五〇円(朝食なし)で、バスタブあり、テレビありで部屋もきれいだ。
 

旅装を解いて早速、ロ−プウェイ駅まで様子を見に出かける。そこへ行くと窓口には「視界ゼロ」と日本語で書かれた掲示が出ていて、すでに運行も停止している。ひっそりとした構内に彼女の姿を見つけ、慰めの言葉をかけてやる。折角ここまで来ながら、モンブランを見ることなしにとんぼ帰りするのかと思うと気の毒でならない。


案内所で明日の予報を聞いてみると、天気は回復するらしい。明日の天気に掛けるしかない。今日登れなかったので、明日もう一泊が必要になる。狭い町中をぶらついてみると、みやげ品店が多く並んでいる。途中でス−パ−に立ち寄り、リンゴとオレンジを買い込む。その後、またまた彼女と出会ったので、リンゴ二個をプレゼントする。夕食をご馳走しようと誘ってみるが、七時の列車に乗るので時間がないという。この町にも日本人観光客の顔がちらほら見える。
 

三度目の別れを彼女に告げると、レストランを探して夕食を取る。チキンの蒸し焼き、サラダ、デザ−トはアップルパイで一一二フラン=二〇四〇円。デザ−トはお腹いっぱいで半分しか食べれない。ここにもカフェテリアが見つからず、食費が高くつく。シャモニは標高千三十メ−トルもある高地で、商店、レストラン、ス−パ−、ホテルなどが立ち並ぶ小ぎれいな町である。夕方近くになって晴間がのぞき始め、明日の好天に期待を持たせる。
 

モンブラン登山
第二日目。今朝は無風の素晴らしい快晴。ほんとについている。ホテルの窓から朝日に輝く名峰モンブランの頂が見える。感動に心が高鳴る。






シャモニのホテルの窓より朝日に輝くモンブランが見える(左上隅の山)









それにしても可哀想なのはアメリカ娘だ。もう一日待てばよかったのに、本当に惜しいことをした。七時に朝食を取り、七時半にロ−プウェイ駅に行ってみると、チケットは八時からの発売という。登山装備をした四、五人のフランス人学生たちが並んでいるので、その後に並んで待つ。






ロープウェイ駅前からモンブランを望む









切符売場の窓口を見ると、「六十歳以上は二割引き」とフランス語で書かれている。しめしめと思って順番が来るのを待ち、「ジュ スュイ ソワサントゥ アネ(私は六十歳です)」と申し出ると、一六四フランを一三一フラン=二、三八〇円(往復)にだまって割り引いてくれる。何の証明も不要なのだ。そして、国籍が分かるのか、日本語の案内パンフレットを渡してくれる。
 

五十人乗りの一番ゴンドラに乗って、標高二、三一七メ−トルの中継駅プラン・ド・レギ−ユまで一気に昇り上がる。十分足らずの時間である。そこでゴンドラを乗り換え、三七七八メ−トルの終着駅北峰まであっという間に昇り詰める。この間十分足らずである。ここから橋を渡って中央峰へ移り、エレベ−タ−で頂上テラスへ昇り上がる。ここが三、八四二メ−トルの頂上エギュイユ・デュ・ミディである。二日前に登ったユングフラウヨッホより約四〇〇メ−トルほど高い。気温はマイナス一度で無風、空は晴れて視界は抜群である。少し体が重い感じがする。


テラスからの展望は、まさに息をもつかせない驚嘆と感動の渦を巻き起こす。ド肝を抜かれるとは、このことをいうのだろうか。三六〇度に開けるパノラマ大景観の迫力は、ユングフラウをしのぐものであろう。

              山頂テラスよりのパノラマ大景観


すぐ目の前には、女性の胸元のように柔らかくふくらんだモンブランの山頂が迫っている。後ろを振り向けばアルプスの連峰が白く輝いてどこまでも続いている。こういう大自然の景観の中に自分を浸らせることのできる幸せをつくづくと実感する。






名峰モンブラン山頂(左端)










北峰のハウスには、狭いながらもレストラン、カフェテリア、ファ−ストフ−ド店がそろっている。さらに南峰の近くからテレキャビンに乗って、イタリアとフランスの国境地点にあるエルブロネ−ルまでアルプスのまっただ中を横切って行くことができる。そこで、頂上テラスから下りて乗り場の切符販売窓口へ行ってみると、ここにも六十歳以上二割引きと書いてある。早速、申し出て七二フラン(往復)を五八フラン=一、〇五〇円に割り引いてもらう。


テレキャビンでエルブロンネへ
このテレキャビンは、四人乗りの小さなゴンドラが三台ずつロ−プに固定してあり、このブロックが数百メ−トル間隔でロ−プに配置されて長い長い輪をつくり、それがぐるぐる循環運転されている。だから、ゴンドラ群が乗り場に近づくたびにスピ−ドダウンするので、それ以外のゴンドラたちも進行途中のアルプス山中で一緒に徐行することになる。ロ−プが循環しているので、途中で対向するゴンドラに時々出会うことになる。このテレキャビンが、頂上からエルブロネ−ルまで鉄塔に張られたロ−プで四十分かかって水平に移動するのである。






山中を横切るテレキャビン










           




キャビンから見た大氷河










乗客が少ないので一人ずつゴンドラに乗せられ、そびえるように切り立つ峰々や大きくパックリと裂けた深いクレバス、それに圧倒されるような大氷河の織りなす驚異の世界を眼下にしながら、かたずをのんで独り見入っている。陽光が真っ白な雪に反射して目が痛い。サングラスが必要だ。外は零下の世界だというのに、ゴンドラの中は太陽に照らされてポカポカ陽気である。






エギューユ・デュ・ミディからエルブロンネへ向かうロープウェイの中から見た景観。エルブロンネまで40分。













 同 上















 同 上















 同 上















 同 上















 同 上















 同 上















エルブロンネにて
この向こうはイタリア領









四十分もかかって標高三、四六六メ−トルのエルブロネ−ルに到着。もうここはイタリア領なのだ。テラスに出てみると、イタリア領内に白く輝く美しい連峰が一望できる。ここからロ−プウェイで下ってイタリアのラ・パル−ドやク−ルマユ−ルへ出ることができる。ここから再び四十分かかってエギュイユ・デュ・ミディへ引き返す。エギュイユまで登って、エルブロネ−ルに行かない手はないだろう。もしこれを省略するなら、その値打ちは半減することになってしまう。                     

感動のうちに十二時過ぎ下山し、ロ−プウェイ駅前に見つけたカフェテリアで昼食にする。スパゲッティとサラダ、ビ−ルで六七フラン=一、二二〇円。ホテルに戻って家族や知人に便りを書き、駅前のポストへ投函する。夕方六時ごろになって夕食に外出すると、早くも雨がパラつき始め雲も多くなって山の視界も悪くなってきた。ほんとにラッキ−でついている。


きわどいタイミングながらも好天に恵まれ、ユングフラウヨッホとモンブランのヨ−ロッパ二大名峰をものにできたという大きな満足感が次第に込み上げてくる。山の神に感謝しながら昼に食べたカフェテリアへ行くと、そこはすでに閉店になっている。仕方なく町のほうへ歩いているとたまたま中華レストランを発見、そこでお決まりの夕食となる。焼き飯、ワンタンス−プにビ−ルで八一フラン=一、四七〇円。どの店も結構値段が高い。



(次ページは「スイスのニヨン・レマン湖編」です。)










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