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             NO.6




黄金の砂たたえる30kmのビ−チ・・・・ ゴ−ルド・コ−スト

二日目。今日はギンギラギンの快晴で、この分だと日中は暑くなりそうだ。今日の観光はゴ−ルド・コ−スト行きである。ここはブリスベンの南約七十五kmのところにあって、四十二kmにわたる黄金の砂浜が横たわり、オ−ストラリアで一番美しいところといわれている。またオ−ストラリアはもちろん、世界でも有数のリゾ−ト地でもある。その長く美しいビ−チが続く一角に忽然と現れる摩天楼、そこがサ−ファ−ズ・パラダイスなのだ。


この近郊にはアシカやイルカのショ−と水上スキ−などが楽しめる「シ−・ワ−ルド」、映画好きには格好の「ワ−ナ−・ブラザ−ス・ム−ビ−ワ−ルド」、オ−ストラリア版ディズニ−ランドの「ドリ−ムワ−ルド」など、幾つかのテ−マパ−クがそろっている。その他にも、二、五〇〇羽もの小鳥を集めた「カランビン・サンクチュアリ−」あり、ケ−ブルスキ−やバンジ−ができる「ケ−ブルスキ−・ワ−ルド」あり、「運河クル−ズ」ありで、もちろんサ−フィンやパラセイル、ダイビングなどのマリンスポ−ツも楽しめる。まさにその名のとおり、ここはパラダイスなのだ。


今日はここをめざして出発だ。この観光ツア−はサ−ファ−ズ・パラダイスで一日適当に時間を過ごし、その間に二時間の運河クル−ズがあることになっている。パンフレットに  “Flexi Touring”、つまり“融通のきくツア−”と書いてあるのだが、これは何のことだろうとその意味を宿のオバサンに尋ねるが、彼女もよく知らないという。
 

宿の狭い食堂にはコ−ンフレ−ク、コ−ヒ−、ティ、ミルク、オレンジジュ−ス、バタ−、ジャムなどが用意されている。オバサンが焼いてくれるト−ストパン二枚とティで朝食をすませると、八時半のピックアップバスに拾われてバスタ−ミナルへ。そこのオフィスで料金を払うと案内書とチケットが渡される。その説明を読むと、現地に着いたらキャナル・クル−ズのオフィスに行って乗船の確認をとること、帰りのバスは四時五〇分以降数本のバスがあり、最終は九時になっているので、その間自由に過ごし適当なバスで帰着すること、などと書かれている。これで“フレキシ−・ツア−”の意味が分かった。つまり、現地までバスで送ってやるからその後は勝手に過ごし、時間が来たらキャナル・クル−ズを楽しみ、帰りは最終バスまでご随意にという訳なのだ。
 

ゴールド・コーストへ
九時に出発したバスはパシフィック・ハイウェイを走り抜け、現地近くのム−ビ−・ワ−ルドとドリ−ム・ワ−ルドに止まりながら、一時間半かかってサ−ファ−ズ・パラダイスに到着。このバスはあちこちの観光ポイントに行く乗客を集めた混乗バスでガイドも何もなし、ただ目的地まで運ぶだけである。車内には「ノ−・スモ−キング、ノ−・ドリンク、ノ−・イ−ト」の厳しい掲示が目を引く。これでは日本の感覚で気楽にジュ−スさえ飲めない。途中の街頭表示の気温を見ると三十四度を示している。午後にはもっと上がるに違いない。        


大きなバス・ステ−ションの中に中年女性の案内係を見つけてクル−ズのオフィスの所在を尋ねると、わざわざ屋外まで案内しながら行き方を教えてくれる。オ−ストラリア人はみんな親切でフレンドリ−だ。オフィスでショウボ−トの乗場を確認すると、乗船時間の午後二時半までは自由時間だ。それまでの四時間あまりをどうやって過ごそうか。ビ−チで泳ぐのは予定にないので、見物して回る以外になす術はなさそうだ。そこで、まずはビ−チへ行ってみよう。 


この街で一番賑やかなカビル・アベニュ−を通り抜けて海岸のエスプラネ−ド(遊歩道)へ出てみると、目の前には黄金の砂浜が広がっている。階段を下りて熱砂を踏み分けながら渚のほうへ進み振り返ると、そこにはこれまで何回となく写真で見てきた海岸線に林立する摩天楼の風景が目に飛び込んでくる。これがゴ−ルド・コ−ストの代表的な光景なのだ。これら高層ビルのほとんどはホテルなのだ。テレビのシ−ンを見るようにゆっくりと視野のアングルを移動させながら眺め渡す。黄金の砂浜は果てしなく続いて視野のかぎりを埋め尽くす。その末端はとても見通すことはできない。






ゴールド・コースト
サーファーズ・パラダイスのビーチ








近くのビ−チにシ−トを広げて日光浴を楽しむ日本人女性三人組が目にとまる。そこで、写真を撮ってもらおうと歩み寄る。話によると、彼らは現地で働きながら生活しているという。それぞれ仕事は違うらしいのだが、今日は三人そろって休暇をとり遊びに来ているという。休みは月二回ほどしかなく、収入もほどほどだが、なんとか生活できているという。日本に帰っても就職が困難だし、今のところ帰る気はないという。若い人達は自由で羨ましい。あまり邪魔をしたら悪いのでほどほどに話を打ち切り、じりじりと焼けつく炎天下から逃れようとカビル・アベニュ−にあるショッピング・モ−ルへと向かう。
 

ここにはヤシの木が茂って南国ム−ドが漂い、木陰にはカフェテラスが広がってショ−トパンツ姿の若者達が憩っている。両側にはス−ベニアン・ショップや飲食店をはじめ、さまざまな店が軒を連ねてウインド−・ショッピングを楽しませてくれる。ぶらついていると、その中に食べ放題の中華カフェテリアが目にとまり、ここで昼食とする。値段は四・九ドル(四〇〇円)で、焼き飯、焼きソバ、チキン料理、ス−パイコなど数種類の中華料理がケ−スに並んでいる。それを自由に取ってビ−ルで一人乾杯し、お腹を満たす。
 

ここには、ひときわ大きいパラダイス・センタ−のビルがあって多数の店舗を抱え、二階にはゲ−ムセンタ−などもあって多くの人で賑わっている。ビル内は冷房がきいているので涼しく、時間を過ごすのにはもってこいの場所である。一階でぶらぶらとウィンド−・ショッピングをしながら二階へ上がると、目の前に「実弾射撃」と日本語と英語で書かれた立て看板が置いてある。


興味に魅かれて足を向けると、受付に日本人男性の係が座っている。料金表を見ると、ライフルやピストル、ショットガンなどの種類ごとに何発で幾らという金額が書いてある。ピストルなら値段も安いし容易だろうから、いい経験になると思って尋ねてみると、まずライフル射撃のほうを先にやらないとピストル射撃はだめだという。ところが、ライフル射撃のほうは二〇発で五〇ドル(四、〇〇〇円)もするので値段が高いし、残念だがあきらめることにする。結構、日本人客が多いそうだ。
 

キャナル・クル−ズ
うろうろさまよっている間に、クル−ズの出発時間がやってくる。岸壁に行くと真っ白な船体の遊覧船が接岸して待っている。乗船口でチケットを示すと、アフタヌ−ン・ティに出されるデザ−トの希望を聞かれる。そこでチ−ズケ−キ、アップルパイ、エビのうちアップルパイを注文する。船内はク−ラ−がほどよくきいて快適、船首のほうにはラウンジがあるのでそこでゆっくりとくつろぐ。ボ−トは静かに発進し、ビ−チとは反対の裏側に細長く広がった内海をゆっくりと巡航する。両岸にはヨットハ−バ−や小さなビ−チが散見され、著名人のゴ−ジャスな別荘も点在している。
 

船内の後方にはコ−ヒ−、ティ、ジュ−スなどの飲物が用意されて自由に飲めるようになっている。やがて運ばれてきたケ−キをいただきながら、ティやコ−ヒ−で喉を潤す。ラウンジにはマレ−シアから来た一家五人の家族連れが座っている。中国系の中年夫人は陽気なおしゃべりオバサンで、マレ−シアのことや日本のことなど英語で語り合う。高校生の娘に話を聞くと、学校では英語、マレ−語、中国語を学習するそうだが、マレ−語が一番苦手だという。公用語はマレ−語と英語だそうだが、家庭では中国語を使うという。
 

後方の座席には二組の老人カップルが座って聞き慣れない外国語で話し込んでいる。興味に駆られて「どちらから来たのですか?」と英語で話しかけてみると、「私たちはギリシャ人です。」と英語で応答してくる。なるほど、彼らはギリシャ語で話していたのだ。そこで、昨年アテネやエ−ゲ海を旅行したこと、特にパルテノンは素晴らしい遺跡で感動したことなどを話すと、にこにこしながら嬉しそうに相ずちを打っている。調子に乗って「パラカロ−」「プ−・イ−ネ・イ・トワレット」などと辛うじて覚えていたギリシャ語の単語を並べ立てると、老人たちは手を叩いて喜んでくれる。


ボ−トはUタ−ンして再び出発点へと向かう。両岸には山や丘などがなくて起伏の変化に乏しいが、強烈な太陽光に映えるグリ−ンの芝生や鬱蒼と茂る樹木を背景に建つ瀟洒な家々の風景は名だたる南国リゾ−トの雰囲気をいっぱいに醸し出している。やがて中心街の摩天楼群が遠くに見え始め、二時間のクル−ズも終わりに近づく。





   ゴールド・コーストのキャナル・クルーズ船上から中心街を望む


ゴ−ルドコ−ストのプロムナ−ドも満喫できたので四時五〇分発のバスで帰ろうとバスセンタ−へ向かう。その前に夕食の持ち帰りをと考え、別のビル内で見つけておいた三・九ドルのさらに安い食べ放題の中華料理店へと急ぐ。宿の界隈には飲食店が見当たらないし、中心街まで出直すのはおっくうだ。もらったパックの入れ物いっぱいに、焼きソバ中心に数種類の料理を盛り込んで持ち帰る。
 

バスセンタ−に行くと、近畿ツ−リストのネ−ムプレ−トをつけた女性がいるので話しかけてみる。彼女は現地ガイドの仕事をしているそうだが、これを始めて二年になるという。到着したバスに同席しながら、いろいろと話に花を咲かせる。彼女はオ−ストラリア人と結婚して子供もおり、現地に住んで八年になるという。ツア−ではどんな所を案内するのか聞いてみると、いわゆるテ−マパ−クのドリ−ムワ−ルド、ム−ビ−ワ−ルド、シ−ワ−ルドなどに案内するという。その後は旅行の話などをしながら彼女が降りるバスストップで一緒に下車し、そこで別れてブリスベン行きの直行バスに乗り換える。飲みかけのジュ−スをバスに持ち込んだものの、車内は飲食禁止なので飲むわけにはゆかず、終点まで辛抱するしかない。
 

六時半過ぎブリスベンのバス・タ−ミナルに到着。帰りは送り届けのバスサ−ビスがないので、各自で帰らなければならない。ようやく暮れかかったストリ−トをビ−ルを探しながら宿へ向けて歩いて行く。終日、炎天下に身をさらしたので喉が渇き続け、ビ−ルを飲まなければおさまらない感じだ。十五分近く歩いて宿が見えてきても店は見当たらない。そこで宿を通り過ぎて先まで行ってみると、小さなバ−を発見。ここでやっとビ−ルを手に入れ宿へ戻る。早速シャワ−を浴びると、冷えたビ−ルに喉を鳴らしながら、はるばるゴ−ルドコ−ストから持ち帰った中華料理で夕食を終える。いい気持ちになってベッドに横たわると、窓から流れ込む南国の夜風を天井のファンがゆっくりと送り込み、それが汗ばんだ肌になんとも心地よい。



(次ページは「ケアンズ編」です。)







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