4.ミルフォ−ド・サウンド観光
朝、5時半に起床。今日は今度の旅で最も期待し、楽しみにしているフィヨルド観光の日である。それも一番ポピュラ−なミルフォ−ド・サウンドのフィヨルド大景観を楽しむ予定である。この地域は天候が不安定なため、今日の様子が気になるところ。思わず窓際へ駆け寄って外の様子をうかがう。曇りだ! だが、雨の心配はなさそう。
朝6時50分に今日の観光を申し込んだ現地旅行社がホテルまで迎えに来ることになっている。それまでに身仕度を整え、早目の朝食を済ませておこう。昨日、旅行社から今朝の出迎えのことについて私宛にFAXが入ったが、なかなか配慮の行き届いた扱いに感心させられる。
ティアナウへの道
準備をして玄関ホ−ルで待っていると、時間どおりにバスが出迎えに来る。日本語ガイドを頼んでいたので、迎えのガイドさんは若い日本人女性である。彼女もワ−キング・ホリデイ上がりで、当地に住み着いているそうだ。
案内されてバスに乗ると、すでに10人ほどの日本人客ばかりが乗っている。一番先頭の席が空いているのでそこに陣取り、いよいよ発車である。この後、2ヶ所ほどお客のピックアップにホテルを回ると、5時間半の長いくるまの旅が始まる。地図上での直線距離にすれば、ミルフォ−ド・サウンドまでは3分の1ほどの距離になるのだが、その間に山脈が横たわっているため、それを迂回してかなりの遠回りをすることになる。
バスは右手に美しいワカティプ湖の変化に富んだ景色を眺めながら、曲がりくねった道を走って行く。国内3番目に大きい湖だけに、その細長い湖岸に沿って走るのは時間がかかる。この湖の一番深いところでは、400mもあるという。その一角に水力発電所があるのだが、NZの電力料金はとても安いらしく、日本の10分の1ぐらいの安さだと言う。
右手に見えるのがワカティプ湖
1時間以上も走ったのだろうか? やっと湖岸の曲線道路を抜けて平野部に入って行く。そこには広々としたグリ−ンの平原が広がり、その中を気持ちがいいほど一直線の道路が走り抜けている。バスはその中をティアナウへ向けて快適にひた走る。
一直線にのびる道路
やがて羊たちが群れる牧場地帯に出る。道路の左右に延々と続く緑の牧場には、白色やグレ−色の羊たちがのどかに草をはんでいる。走る車窓からその風景を撮りたいのだが、スピ−ドが早いためなかなかうまくいかない。空には雲が多いが、穏やかな日和である。
のどかな牧場風景
こうして、クイ−ンズタウンから走ること3時間、やっとフィヨルドランド国立公園の中心にあるティアナウの町へ到着である。ここは有名なミルフォ−ド・サウンドやミルフォ−ド・トラックなど、陸と海からフィヨルドを観光する前線基地となっている町である。ここでバスは、ティアナウ湖のほとりに停車して20分ほどの休憩である。
道路沿いに小さなスナック店があり、そこへ観光客は集ってお茶を飲んだりしながら憩っている。私もそこへ入り、船上で食べる昼食用にとサンドイッチとジュ−スを買い込む。ついでにコ−ヒ−を注文して喉を潤す。店外に出ると、目の前には国内2番目の大きさを誇るティアナウ湖が静かな湖水をたたえて横たわっている。その風景写真を1枚撮っておこう。
静かな湖面を見せるティアナウ湖
フィヨルドランド国立公園
再び出発したバスは、ここからいよいよフィヨルドランド国立公園内に入り、変化に富んだ険しい山間を縫うようにして進んで行く。荒々しく険しい尖った山々、氷河時代に削り取られてできた深く切り込んだU字谷など、素晴らしい景観を惜しげもなく見せつけられながら公園内を走り抜けて行く。
そして最後にダ−ラン山脈を貫くホ−マ−・トンネルを抜けると、間もなくこの公園のハイライト、ミルフォ−ド・サウンドに到達する。ティアナウから2時間半の距離である。そこには氷河で深く削り取られた谷間に海水が入り込んでできた大自然の傑作フィヨルドが待ち受けており、みんなが息を呑む美しさに打たれるところである。この公園では、こうしたニュ−ジ−ランドを代表する自然の大景観が見られる地域なのである。しかし、この地方は天候が不安定な点が玉にきずである。
ティアナウから終着点のミルフォ−ド・サウンドに至る間に、途中4ヶ所ほどのポイントで下車しながら観光する。これでは時間がかかるはずで、ノンストップなら1時間少々もあればミルフォ−ドに行けるのだろう。
ティアナウを発車したバスは、しばらく湖畔に沿って走り、やがて公園地帯に入って行く。間もなく、冠雪した美しい山並みと平原が現れてくる。エグリントン平野だ。ここがまず最初のストップポイントで、みんなは下車してその景観に見とれる。ここには羊など動物の姿は何一つ見られず、ただ人気のない平原だけが山に囲まれてひっそりと海のように広がっている。こんなところで野球やサッカ−、ラグビ−など、スポ−ツをやれたらさぞ気持ち良いことだろう。ふとそんな思いに駆られてバスに戻る。
茫漠たるエグリントン平野
しばらく走って、次はミラ−・レイクでストップ。道路から少し入った所にある小さな湖だが、その名のとおり鏡のように前方の風景を映し出すので有名だ。ガイドからの事前の案内が何もないものだから、なぜこんな変哲もないちっぽけな湖をわざわざ見せるのだろうと不可思議に思っていた。ところが、バスに戻って発車し始めると、おもむろにこの湖の名前の由来を話し始める。
ガイドさん、折角だけど、案内の順序が逆じゃないの。見る前に言ってくれなければ、私のように何も気づかずに見過ごしてしまうじゃないの! そのことを知っていれば、もっとよく観察できたのに! なるほど、何も知らずに撮った写真を帰国後見てみると、確かに湖面には前方の山影がきれいな逆さまになって映っているではないか! とにかく撮っててよかった! この時は風もほとんどなく、穏やかな湖面に静かな山影が浮かんでいたが、風のある日はもちろん見れないそうで、鏡のように見える条件の良い日は、そう多くないらしい。
ミラー・レイク
前方の山が静かな影を落としている。
次のポイントはホリフォ−ド谷で、先行する観光バスが数台止まっている。下車して道路脇の展望台から見下ろすと、眼下には鬱蒼とした森林に覆われた深い谷間が広がっている。先になるに従って、谷の深さが増しているようだ。ここもやはり氷河時代に削り取られてできた名残りの谷間に違いない。この一帯はサザンアルプスの高度最低地点だという。
ホリフォード谷
長い谷間が続いている。
さらにバスは山間部を進み、その途中で小さな橋を渡り始める。すると、ガイドさんが「ゆっくりと橋を渡るので、左側の滝をよくご覧ください。」と案内する。バスが徐行してくれるので待ち構えていると、左側に小ぶりの滝が流れ落ちるのが目に飛び込んでくる。それでもあっという間に通り過ぎるので、観賞する暇はない。あわてて写真を撮ったものの、手もとがぶれてぼやけてしまっている。
空を見上げると、青空が広がって上々の天気となっている。今日のミルフォ−ドは絶好の観光日和になりそうだ。これはついてるぞ〜! 独りそんな気持ちで喜んでいると、ガイドさんが水を差すように、「ミルフォ−ドの天候は、この先のトンネルを越えて山の向こう側に出てみないと分かりません。こちらの天候とは違うことがあるのです。ですから、帰路の飛行便もどうなるかまだ確定できません。」という。なるほど、ひと山越えれば、がらりと天候が変わることはよくあることだ。この先の好天を祈るばかりである。
バスは荒々しく尖った岩山の間を縫うように走っていく。美しい眺めである。冠雪した岩肌が青空の中にくっきりとそびえている。ニュ−ジ−ランドらしい光景であろう。
青空に映える急峻な岩山
そうこうするうちに、いよいよトンネルである。このホ−マ−・トンネルは半世紀ほど前に18年間もかかって造られたそうで、その距離も長い。
やっとトンネルを抜けると、おゝ、穏やか青空が広がっているではないか!
これはしめたものだ! これでミルフォ−ドの天気も確定だ。帰りの飛行機も心配なさそうだ。やれやれである。バスはそこからゆるやかな下り坂を下りて行くと、やがて最後のストップポイントに到着する。そこには「CHASM」(シャズム:深い裂け目の意)と大きく書かかれた表示盤が立っている。ここは、この名称で呼ばれている。みんなはここで下車し、細い山路を10分ほど登っていく。
すると岩石ごろごろの小幅な川がざわざわと音を立てて流れている。そこに丸太でできた木橋がかかっている。橋を渡りながらよく見ると、その下で川の流れが岩石の間に消えている。なるほど、ここが岩の裂け目なのだ。その奥の方は暗くなってよく分からない。10分もかけて山路を登って来た割りには、さほど目を引く規模ではない。少し失望しながら山路を下り、バスへ戻る。
「CHASM」
この裂け目に流れが落ち込んでいる。
ここからバスはひとしきり走ると、いよいよ目的地のミルフォ−ド・サウンドに到着である。朝7時にクイ−ンズタウンを出発したバスは、今ようやく5時間半をかけて無事到着したのだ。時計を見ると12時半である。ここは入江のいちばん奥まった地点で、クル−ズの発着基地となっており、船着き場のハウスと桟橋があるだけだ。ここでも自然を壊さない配慮がなされている。さあ、どんなフィヨルドの大景観が待っているのだろう。その期待に胸がふくらむ。
ミルフォ−ド・サウンド・クル−ズ
バスを降りて乗船場に行くと、すでに乗客の列ができている。1時発のクル−ジングだが、船は2階建てのクル−ザ−になっており、われわれのグル−プは2階の席で昼食を取ることになっている。バイキング式の料理で、1階にあるテ−ブルまで料理を取りに下りて行くことになる。乗船客のほとんどすべてが、船上での昼食を申し込んでいる様子だ。この場所には、少し離れた所にミルフォ−ド・ホテルとコ−ヒ−ショップがあるだけで、食堂・レストラン施設は何一つないからである。
クルーズ船
この屋上デッキからの見晴らしは最高。
乗船して、指定された2階の一角にあるテ−ブルに陣取ると、早速サンドイッチとジュ−スを取り出し食事にかかる。みんなは1階へ料理取りに大忙しである。遊覧船上での食事は考えものである。食事する間に大事な観光ができないからである。ここミルフォ−ドでは、特にそのことが問題だ。その素晴らしい大景観を見るのが目的なのだから……。そんなことを考慮して、どこにいても手軽に食べられるサンドイッチにしたのだが、これは正解である。
そのうち、船は桟橋をゆっくり離れて航行し始める。すでに食べ終わった私は、一瞬たりとも見逃すまいと、みんなが食事する中、独りで屋上デッキにかけ上る。すると、だれ一人いないデッキの上からは、ほぼ垂直に切り立つ絶壁の山々が両サイドから圧倒するように迫ってくるのが見える。これが何万年も前の氷河時代の名残りなのだ。自然の力とはいえ、よくもこれほど深く削り取ったものである。出航してから最初に見えるこのシ−ンが、絵葉書などいろんな写真で見られる馴染みのシ−ンである。なんと、この息づまる大景観を独り占めにしながら堪能する。 |
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