この大渓谷を右手に見ながら緩やかな下り坂を進むと、やがて「海抜0メートル」の標識が現れる。ここでもストップして記念撮影である。これより18km先には死海が横たわっているのだが、そこは海面下400メートルで地上で最も低い場所となっている。バスはここからさらに下り坂を走り下り、海面下の地帯へ入って行く。今の時刻は5時ごろで、ちょうどサンセットの時間が迫っている。
海抜ゼロメートルの標識
さらに道路をどんどん走り下って行くと、やがて右手に死海が見え始める。進むにつれて、みるみる目の前に湖面が広がって来る。その湖面の対岸はイスラエルで、その山並みの向こうに、いま夕日が落ちかかっている。湖面には美しい黄金色の光の帯を浮かべながら、死海の静かな夕暮れ風景を演出している。この風景は東側にあたるヨルダン側からしか見られないのだが、ここには爆弾テロなどとは無縁ののどかな光景が広がっている。
遠くに死海が見えてきた
死海に落ちる夕日。対岸はイスラエル。
死海のこと
この死海は“海”ではなく、実は塩湖なのだ。この湖は、東アフリカを分断する大地溝帯の北端に位置しており、この死海を含むヨルダン渓谷は、白亜紀以前にはまだ海であったと推定されている。その後の海底隆起により、パレスチナ付近の高原が形成されると同時に、ヨルダン渓谷付近に断層を生じたと考えられている。
死海はイスラエルとヨルダンの国境に細長く横たわる長さ60km、幅17kmの湖で、最深部は400m。南部区域は水深が浅く、結晶化した塩が見られる。死海の水には健康維持に不可欠なミネラル成分(ナトリウム、カリウム、マグネシウム、鉄、臭素、カルシウムなど)が豊富に含まれており、それらが血液の循環を高め、皮膚からの老廃物の除去を促進させる。このため、身体を健康にし、美容にも効果があるという。実際に死海周辺のスパではこの高濃度のミネラルがアレルギーや皮膚病、リウマチ、関節痛、筋肉痛などに悩む人々を癒している。
このことは何千年も前から「生命」と「癒し」の源として、またその海水はその地域の特殊な気候条件と相まって美容・健康および皮膚病・傷その他多くの病気に有効であることが認められ、今日に至るまでその効果は世界的に高く評価されている。
死海の衛星写真。死海の北端にグリーン地帯が細く伸びているのがヨルダン渓谷。
湖の左岸がイスラエルで右岸がヨルダン。
死海の塩分は、国際河川であるヨルダン川および周囲から涌き出る温泉から供給されていると考えられている。この死海からは流れ出る川がなく、年間を通じて大量の水が蒸発するので死海の水の塩分はきわめて濃く、一般の海の塩分濃度が4〜6%であるのに対して、死海は25%の高濃度となっている。
この濃い塩分濃度のため浮力が大きく、人が死海に入っても沈むことはなく、ぷかぷかと浮遊できるのである。写真などでよく見かけるように、浮かんだまま読書もできるという不思議体験ができるわけである。またこの塩分濃度のため、湧水の発生する1ヶ所を除いて魚類などの生物は確認されていない。「死海」という名称の由来もここにあるわけで、何の生物も生息し得ない“死の海”を意味している。
近年問題になっているのは、死海の水位が年々低下しているということ。このまま水位が低下し続ければ、40〜50年後には死海は消失してしまうだろうといわれている。この水位の維持にはヨルダン川などからの流入量と水の蒸発量のバランスが必要だが、近年、ヨルダン川からの取水量増加やビジネス用に死海からの取水量が増えたりして、そのバランスが崩れているらしい。
リゾートホテル
バスは空港から1時間ほどかかって、今宵の宿泊ホテルに到着。ここは死海のビーチ沿いに建つリゾートホテルで、目の前のビーチはホテルのプライベートビーチになっているようだ。ビーチは夕方5時には閉鎖されるとのことで、今夕の浮遊体験はできず、明日の楽しみに持ち越しである。上の道路からビーチへ続くなだらかな斜面にホテルは建っており、死海を眺望できる絶好のロケーションにある。しかし、われわれツアー組に割り当てられた部屋は、残念ながら裏手側で死海は見えない。
部屋に入って荷物を置くとすぐに、そのまま下段の展望所に出て夕暮れの眺望を観賞する。う〜ん、なんと美しいことだ〜! この時季のサンセットは早く、すでに夕日は対岸の山並みに落ちようとしている。辺りは風もなく、夕日に染まる湖面が静かに、そして穏やかに広がっている。対岸の彼方の戦乱を忘れさせてくれる素敵な風景である。この崇高で美しい自然の風景に抱かれながら、どうして人間どもは争いばかりを切りなく続けるのだろう?
|