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   N0.6



7.ベナレス・カジュラホ観光……ガンジス川沐浴、官能の彫像、民族
                    舞踊

 
4日目。今朝の起床は早い。モ−ニングコ−ルが5時で、ホテル出発は5時半である。この旅行いちばんのハイラトであるガンジス川沐浴風景の見物なのだ。沐浴は日の出から始まるというので、それに間に合うように出かけなくてはいけない。5時前に床を抜け出し、洗面を済ませて身仕度を整える。
 

早暁のガンジス川へ
真っ暗な中をバスに乗ってガンジス川へ向かう。10分ほど走ると川岸の手前でストップ。これより先、川岸まではバスは入れない。そこで下車すると、牛の糞に注意しながら薄暗い通りを岸に向かって歩いて行く。街灯もなく、暗いでこぼこ道の両側には商店が並んでいるようだが、まだ店は開かれておらず、様子が分からない。この通りを10分ほど進んで行くと、ほの暗い中にようやく川岸が見えてくる。これがガンジス川なのだ!
 

暗い中、ガンジス川の川岸に向かう。


観光客、沐浴者などで賑わうガンジス川の川辺

ガンジスの水源
この聖なるガンジス川(ガンガ−とも呼ばれる)はヒマラヤ山脈の南麓ガンゴトリ氷河を水源とし、デオプラヤグ付近でアラクナンダ川と合流するが、そこからガンガと呼ばれるようになる。北インドの平原地帯を流れ、多くの支流を作り、バングラデシュへ入り、ベンガル湾へ流れ込む。全長2506kmの大河で、ベンガル湾に近いデルタ地帯には世界最大級のマングロ−ブ林があり、ベンガルトラの生息地にもなっている。(世界自然遺産に登録)
 

ベナレスが聖地たるゆえん
このガンジスの川沿いにはベナレスをはじめ数多くの聖地があり、ガンジス川そのものも聖なる川とみなされる。なかでもベナレスはヒンドゥ−教徒の世界の中心であり、年間100万人を超える巡礼者が国内だけでなく、世界からこの街に集まるという。それほどこの地が神聖視されるのはなぜなのだろうか? その理由は北部にある水源のヒマラヤ(そこにガンジス川を象徴するガンガ−女神が住むとされる)から南へ向かって流れるガンジス川が、インドで唯一逆に南から北上しながら流れている場所であり、下から上へ天に昇るイメ−ジがあるからだという。 
 

ガンジス川への信仰
ガンジス川=ガンガ−女神ということで、このガンジスの大河は神聖化され、ヒンズ−教徒の信仰の対象となる。つまり、この川は天国から流れ出て人類の世俗的な罪を洗い流すと信じられている。そのため全世界、全国から老若男女がベナレスを目指して巡礼の旅に出る。そこで聖なるガンジス川に身を浸し、現世の苦しみや罪を洗い流して浄化し、人間としての幸せを求めようとする。また、死を待つ人々は、この地で末期を迎えようと願うし、死者をこの川に葬ることが死者への最高の敬意とされる。ベナレスのガンジス川の近くで死ねば涅槃に導かれるとの信仰からである。
 

ガンジス川の状況
その聖なるガンジス川だが、実際は黄濁色に濁っており、とても清流とは言えたものではない。世界各地の濁った川がそうであるように、この大河も上流で削られた土砂や途中の流域で流される生活排水や洗濯排水、そして時には人間の遺体や遺灰などの異物も混入して、こうした汚れた河川になっているのだろう。しかし、その汚染状況がどうであれ、ヒンドゥ−信徒にとってはまぎれもない聖なる川であり、その流れに身を浸して沐浴し、魂の浄化を図ることが無上の幸せであり、また喜びと思うのである。
 

こうして大河ガンジスは、とにもかくにも地上のあらゆる物や人間の願いを丸ごと呑み込みながら悠然とベンガル湾に向かって流れ下る。そして大海に出ると、蒸発して雲となり、再びヒマラヤの源流に雨となって降り注ぐ。これはヒンドゥ−教の輪廻の思想にも通じるものであろう。ヒンドゥ−教徒にとって、このガンジス川は特別の存在であり、神聖な神そのものなのである。いま私は、そうしたヒンドゥ−教徒の敬虔な思いをひしひしと全身に感じながら、大河ガンジスの岸辺に立っている。
 

傘の下の神職
河岸には多くのブラ−ミン(カ−ストの最上位にある神職)の僧たちがヤシの葉で作られた大きな傘の下に胡坐して説法を解く。その周囲には巡礼者たちが思い思いのブラ−ミンを選んで取り巻く。すると僧は聖典を朗読し、巡礼者はそれを聞いては御布施をあげ、そこで靴を脱ぎ、衣服を脱いで預ける。それからガ−ト(沐浴場)の階段を下って川に浸る。まだ夜が明け切れない薄暗い河岸は、ご来光を拝みながら沐浴しようとする多くの巡礼者たちや観光客、それに物売りや物乞いの人たちでごった返している。


傘の下に胡座するブラ−ミン

ガートの様子
沐浴の場所となるガ−トでは、川に入りやすいように、それぞれ石段が川の中まで設けてあり、そこを下りて聖なる川に入るのである。全身を川中に沈めて沐浴する者もいれば、下半身あるいは足だけをつけて沐浴する者など、さまざまである。この沐浴の場所であるガ−トは、ベナレスの川辺に沿って多数設けられており、そこで思い思いのガ−トで沐浴するわけである。なかでも多くの沐浴者が集まるのがダシャ−シュワメ−ド・ガ−トであり、また最も神聖な場所で火葬場となっているのがマニカルニカ・ガ−トである。
 

観光船で見物
沐浴風景見物用の観光船(手漕ぎの大型ボ−ト)が発着する川辺に下りると、客待ちのボ−トが何艘も待機している。一行はその中の一艘に乗って出航する。漕ぎ手は2人で舳先で漕ぐのだが、なかなか重そうである。静かに川辺を離れると、すぐに流し灯籠売りの少年が乗ってくる。これは葉っぱで作られた直径20cmほどの小さな皿で、その上に花びらを敷き、小さなロウソクを載せている。これに灯をともし、それぞれの願いを込めてガンジス川に流すのである。言うなれば、ミニ精霊流しといったところだろうか。


観光ボートの乗り場

灯篭流し
買って流すのが当然だと言わんばかりに、みんなに配られ、漏れなく買い揃える(1個10ルピア)。一斉に灯をともし、それぞれ川へ流す。みんなどんな願いを込めて流しているのだろう? 私? それはもちろん、これからも元気に旅行ができますように……である。転覆しないようにそっと川面に投げ入れると、あっという間に流れ去ってしまう。流れはほとんど感じないのだが、ボ−トが進んでいるせいで過ぎ去ってしまう。他のボ−トから流された灯籠が夜明けの川面に小さな光を放ちながら浮かんでいる。ガンジス川早暁の祈りの風景がここにも見られる。
 

これがかわいい灯篭。これを流れに浮かべて流す。


流れ行く灯篭


きらきらと光を放ちながら流れる灯篭


沐浴風景
多くの観光ボ−トや物売りのボ−トと行き交いながら、川上に向かってゆっくりと進んで行く。川辺には夜明けの空に尖塔を突き立てながらカラフルな寺院が幾つも並んでいる。隣接する各ガ−トには多くの信徒たちがすでに陽の昇らないうちから沐浴を始めている。みんなどこからやって来たのだろう? それぞれに人生の深い思いを胸に秘めながら、それなりの費用と時間をかけてインド国内はもちろん、また遠く海外からはるばると巡礼に来た人たちも混じっているのだろう。世界の到る所から多くの人を集めるここ聖地ベナレスの神通力は、すごいものがある。


まだ暗いうちから沐浴が始まる


早暁の沐浴風景


川辺にはガートや寺院が並び、川面には観光船が行き交う。 


川辺の風景


やや上流地域のガートは沐浴者も少ない


沐浴者で賑わうガート


ここは女性専用のガート?


物売りのボート


観光船で賑わう川面

ガンジスの洗濯屋
メインのダシャ−シュワメ−ド・ガ−トから離れるに従って、ガ−トの沐浴者も少なくなり、ひっそりとしている。上流のガ−トに差しかかると、男性が川に入って何やら白い布を叩き付けている。なんとこれは洗濯屋さんだそうで、川面に据えられた叩き台の上で洗濯物を懸命に叩きつけている。聖なるガンジス川で洗濯するベナレスのクリ−ニング屋というところである。それにしても、この黄濁した川の水では洗濯物が黄ばんだりしないのだろうか? たとえ、それがどんな色に染まろうが、依頼主にとっては有り難いことなのかもしれない。何せ、聖なる川の濁りなのだから……。
 


ガンジスの洗濯屋さん。洗濯物を台に叩きつけている。


ひっそりとした上流付近のガート

火葬場
ここから少し上流に進むと、最も神聖なガ−トとされるマニカルニカ・ガ−トが見えてくる。ここは遺体が火葬される場所で、写真撮影は禁止である。もし、その禁を破って撮影すると信徒のげき鱗に触れて事件になったりするらしい。過去に、ある日本人青年が観光ボ−トの上からここを撮影したところ、怒った信徒が川に飛び込んでボ−トに近づき、船を転覆させて死亡させたという実話が残されている。こんな事故死の死体や溺死者の死体が毎日何体もこのガンジスの流れに浮かんで流れているという。
 

火葬の費用
この時間の火葬場は静かで2、3の人影しか見えない。大抵、遺体を焼く荼毘の煙が立ち上るらしいのだが、今は焼く対象物がないらしく煙ひとつ見えない。お陰で、異臭も漂って来ない。ガイド氏の話によると、遺体の火葬には約12〜13時間もかかるという。そして、その遺灰はそのまま川に流されるのである。火葬費用は薪、労賃、その他の経費すべてを含んで約10万〜20万ルピ−(28万円〜56万円)ほどかかるという。だから、貧乏人はとても手が出ず、死ぬことさえままならない。火葬費用が払えない人は、そのまま聖なる川に流されるらしい。
 

対岸の様子
こうしてガンジス川は、地上のいろんな異物を呑み込みながら静かに流れているのだが、川幅が広い上にゆったりと漂うように流れるので、どの方向が川上か川下か分からない。そこでガイド氏に尋ねると、対岸に向かって左手の方向に流れているのだという。その対岸だが、そこにはただ森林が低く棚引くように広がっているだけで、建物らしい構造物は何一つ見えない。ただの川原になっているらしい。
 


(次ページへつづく・・・)










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