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  N0.5
(&デンマーク)



4.スノ−モ−ビル、犬ゾリ、オ−ロラ観察
 
滞在3日目。昨夜は1時間半もたっぷりとオ−ロラを観賞できたので、その後の出現の分はもうよいという思いで、満足感にひたりながら眠りにつけた。そのせいか、今朝は爽快気分で6時半に起床。早速、窓辺に駆け寄り、空の様子をチェックする。だが、もう昨夜の星空はどこかへ消え去り、見上げる空にはただ暗闇の空間が静かに広がるのみである。吹雪さえなければ、今日のアクティビティには影響あるまい。
 

今日の行動予定は、スノ−モ−ビルと犬ゾリ体験の2つにチャレンジする。かなりのハ−ドスケジュ−ルになりそうだが体調は万全だ。いずれも初体験のことだが、どちらが午前と午後に割り当てられているのか、未だに連絡がない。とまれ、洗面身仕度を済ませて、朝食と行こう。もう3日目ともなると、ホテルの様子も分かり、当初は迷路のような廊下に戸惑ったが、今はそれにも慣れてスム−ズにロビ−まで行けるようになっている。カフェテリアでは昨日と同じ内容で皿に盛り、昼食用にパンとクロワッサンを余分にいただく。 
 

食後はゆとりの時間。外はまだ真っ暗なので、部屋へ戻ってTVタイム。特別大きなニュ−スはなさそうだ。東南アジア地域のホテルでは、いずれもNHKが観れたのだが、このホテルでは、もちろん日本の放送は入らない。デンマ−クの番組とCNN放送などである。ところで、この部屋のテレビ取り付けは天井からの懸垂式になっており、そのため机に座って立ち上がろうとすると、その度にゴツンと頭をぶっつける始末。それを注意しなくてはと思いながらも、ついゴツンとやってしまう。それがまた痛いのだ。とうとう業を煮やして、上向けにしてしまう。
 

アクティビティの防寒対策
今日のアクティビティも10時開始に違いない。そう思いながら、そろそろ出発の準備を整える。昨日と違って、今日の種目はもろに外気に触れる上、それも各2時間ときているので、生半可の寒さではないだろう。そう思って、しっかりガ−ドする。今日こそレンタルの防寒着も出動だ。自分の防寒着の上に、これをさらに重ね着しよう。ただし、ダウンジャケットだけは、よしておく。厚着過ぎて、身動きがしにくいからだ。
 

それにもう一つ、カメラの防寒対策だ。これに備えて、保冷バッグと貼るカイロを持参している。今日はこれも出動だ。ハンカチを広げ、カイロを二箇所に貼りつけて畳み、それを保冷バッグの底と側面に配置する。そして、この中にカメラと電池を入れてチャックをする。これをデイバッグの中に押し込んで置けば万全だ。
 

10時近くになったので、バッグにカメラを入れ、防寒着を手にぶら下げながらロビ−に出てみる。すると、そこには誰もいない。申し込んだグル−プの青年の姿もまだ見えない。時間が早いからかな? そう思っているところに、同じメンバ−の日本人女性が通りかかる。確か、今日は犬ゾリを申し込んでいたはずだ。そこで尋ねてみると、11時出発と聞いているという。?・・・。こちらには何の知らせもなかったが……。不審に思ってガイド嬢の部屋へ電話してみる。そして、午前はどちらの種目なのかを尋ねると、10時からスノ−モ−ビルだという。OK! 


このスノ−ボ−ビルだが、以前から一度は体験してみたいと思っていたので、絶好の機会だけに、この際ぜひ挑戦してみたい。北極圏の大雪原を疾走するなんて、滅多にない機会だ。それにしても初体験なので、ちょっと怖い思いもあるが、そこは昔取ったきねづか、青年時代にバイクを駆っていたころを思い出し、挑戦してみることにしたのだ。
 

スノーモービル初ドライブ
しばらくすると、ガイド嬢や相棒の青年も姿を見せる。ほどなく欧米人らしき中年の男性ガイドが迎えに現れ、車でピックアップする。このホテルから出発するのかと思って防寒着の着用を始めていると、それは不要で別のものを用意しているという。そこで防寒着はガイド嬢に預け、車に案内される。今日の参加者は、われわれ2人のみで、車は地元の人たちの居住区まで移動する。車で5分少々の距離で、ホテルから遠くに見えている集落である。
 

その一角にバイクの保管庫があり、そこで防寒の装備を行う。オレンジ色のつなぎ服に目だし帽をかぶり、その上にヘルメットを乗せる。初めてつけるヘルメットが意外と重く、しかも自由に首が回らず、防寒服とあいまってなんだか身動きしにくい感じである。装着が準備できたところで、ガイドの分と3台のモ−ビルを引き出して出発準備にかかる。
 

エンジンを始動すると、まず運転操作の説明が始まる。左ハンドルの外側に自転車と同じように付いているレバ−がブレ−キ、右ハンドルの内側に付いているレバ−がアクセル、そして右ハンドル下部にあるレバ−を引き出すとバックになる。ただそれだけのシンプルな操作である。このモ−ビルはスク−タ−に似たスタイルで2人乗りになっている。前輪に当たるところには2本のソリが付いており、後輪に相当するところにはエンドレスのキャタピラ−が付いている。
 

じゃ、この庭で試運転してみようということになり、よいしょとまたがって乗車し、おっかなびっくりで動かしてみる。うん、これだと何とかイケそうだ。だが、ハンドルがバカに重いぞ。車輪ではないから回転が悪く、すごく抵抗力が加わる。これだと簡単にハンドルが切れないぞ。そして、アクセルの手加減をうまくやらないと、急に飛び出して身体が後ろにのけぞり、放り出されてしまいそうになる。思わずハンドルを握りしめる。狭い庭を一周すると、そのまま出発である。大丈夫かな?
 

ガイドが先頭に立ち、その後に私、青年と続く。前の道路を横切り、脇路の積雪した部分を徐行する。進むにつれてそこは次第に段差が高まり、道路と2mぐらいの差にまで高くなる。道路には雪がないから、この脇路を通るらしい。それがモ−ビル1台がやっと通れるぐらいの狭い幅だから怖くてしようがない。もし、運転操作を誤れば、2m下の道路に転落し、モ−ビルは破壊した上に足なども骨折する恐れがある。そんなことが頭をよぎって、はらはらドキドキしながら慎重に運転する。乗り始めたばかりで慣れないのに、難しいル−トを走らされるものだ。
 

50mほど走ると次第に段差もなくなり、道路と平行になる。そこで、今度は道路を右に横切って野っ原に出る。ここで待ち受けていたガイド氏が2人に「大丈夫か?」と問いかける。2人ともOKと返事すると、この野っ原を横切ってその先にある坂道を上り始める。この原っぱで少しは練習するのかと思いきや、そのまま坂道に入るので戸惑ってしまう。出発前に「坂道が少し難しい」とガイドが言っていたからである。緊張のしっぱなしで、周りの景色どころではない。ガイドのスピ−ドについていくのに必死である。
 

坂を上りあがって野原に出ると、でこぼこの雪原を進んで行く。枯れた雑草の根があちこちに点在している。これに乗り上げると危険だ。慎重にガイドのわだちをなぞってコ−スを外れないように走って行く。この時点で、ようやく30〜40kmの速度で走れるようになる。ガイド氏が時折ストップしては後を振り返り、2人に「大丈夫か?」と問いかける。
 

雪原は一様に真っ白だから、どこに凸があって、どこに凹がある判別できない。だから時折、これに当たって大きくバウンドし、身体が跳ね上がる。その度に、振り落とされまいと必死になってハンドルを握りしめる。それを取られたら大変だ。これの繰り返しなので、いつの間にか身体は緊張で火照り、汗ばんでくる。無風状態とはいえ、この零下の空気を突っ切りながら疾走しているにもかかわらずである。手指も熱くなってくる。ハンドルを強く握りしめるからだろう。モ−ビル運転が、こんなにも全身が熱くなるとは思いもよらないことだ。
 

野原を突っ走ったり、野道を飛ばしたりしながら、どんどん奥地に向かって進んで行く。ガイド氏が「ハンティングの場所に連れて行きましょう。」といいながら、どんどん走って行く。こちらも遅れまいと必死に追いかける。速度計をちらっと見ると、50km前後で走っている。ずいぶんとスピ−ドが出てきたものだ。前方の凸凹に気を取られて、なかなかスピ−ドメ−タ−さえ見る間がないのだ。
 

大雪原を疾走
こうして山野を縫いながら駆け抜けると突然、広大な雪原地帯に入って行く。そこは低い山並みの間に開けた砂漠地帯なのだ。湖かと思っていると、底は砂地らしい。だから、枯れ草の根もどこにも見当たらない。途端に、スピ−ドを上げて疾走する。ガイド氏に遅れまいと、ハンドルのアクセルレバ−を強める。ぐんぐんとスピ−ドが上がって行く。怖いがスリル感があって痛快でもある。さらに加速してスピ−ドが上がって行く。ちらっとメ−タ−を見ると、90km近い。車輪ではないキャタピラ−で、こんなに速度が上げられるとは意外である。
 

障害物のない直線を走るので、スピ−ドを上げられる。しかし時折、凸凹に当たって身体が跳ね上がる。これがいちばん怖い。身体が放り出される危険があるからだ。だから、それに備えて尻を軽く浮かしながら走るのがコツである。お尻をどっかり乗せたまま走行すると、凸凹にはまった時に、尻から跳ね上げられて全身が宙に浮いてしまう。これがひちばん危ない。それを避けるために、尻を少し浮かせながら走ると、そんな場合も膝のクッションで衝撃を和らげ、身体への衝撃も軽くなる。これは乗馬の要領と同じなのかもしれない。
 

雪原の真ん中に出ると、ここで小休止する。ガイド氏がいうには、この一帯が猟場で、モスクスなどが獲れるという。この機会を利用して、早速記念の撮影をしておこう。北極圏の人気のない白一色の大雪原に、たった3人のみがたたずんでいる。地球の果てまでやって来たという感じで、この世に取り残されてしまった思いである。冒険家や探検家は、この何倍もの孤独感を感じるのかもしれない。
 

無風状態の中で、し〜んと静まり返った北極圏の大自然の懐に抱かれながらたたずんでいると、完全な異次元の世界に身を置いている感じがする。こんな体験は滅多とできないこと。この機会をとらえて、たっぷりとその感触を味わっておこう。外気は零下の世界だが、身体は汗ばむほど火照っている。スキ−をやれば同じことなのかもしれない。ウインタ−スポ−ツは意外と身体をホットにするものだ。
 

バッグを開けてカメラを取り出そうとすると、中はほかほかと温かい。やはり、保冷バッグとカイロの効果は抜群だ。バッグは首に通して胸の前にぶら下げている。この状態でもう1時間も疾走し続けている。だから、相当な冷気の風を受けてデイバッグは冷え込んでいるが、保冷バッグの中はほかほかである。これなら電池機能の低下防止も大丈夫だ。



静寂の大雪原の中で小休止。人物左がガイド氏、右は同行の日本人青年。






記念写真。左が筆者。胸にはバッグを下げている。

撮影も終わって一息入れていると、ガイド氏が山手のほうを指さしている。見ると、その中腹の山路を黒い動物が行列をつくって歩いている。モスクスの行列なのだ。やはり、ここは猟場だけのことはある。モスクスとレインディアの肉が、ホテルのレストランで食べられると聞いたのだが、ここでハンティングされたものだろうか?
 

モスクスの群れ。下段の横筋に伸びる黒い線の中に見える。

初のモ−ビルドライブもここまでで1時間を経過している。そろそろUタ−ンして帰路に向かうという。ここからさらに奥の方へ突っ走り、そこから横道にそれて山路に回り込む。そこを上り下りしながら、出発基地を目指す。しばらく走っていると、再び広大な雪原に出る。一行はそのど真ん中を時速90kmで我が物顔に駆け抜ける。爽快気分と緊張感が入り混じった複雑な心境でハンドルを握りしめる。
 

ここをしばらく走ると、再び小休止である。早速、カメラを取り出して再び大雪原の風景を撮影する。左手は二枚重ねの手袋、右手は二枚目の手袋を脱いでカメラを操作するのだが、それがなかなか自在にこなせない。挙げ句の果てには、左手の手袋の指先がレンズにかかり、それに気づかず失敗してしまう。手袋をはめての撮影は初体験なので、何かと失敗が多い。




果てしなく続く大雪原の風景。この中を時速90kmで疾走する。







雪原の中に休むスノーモービル

再びシ−トにまたがると、雪原のど真ん中を一直線に駆け抜けて行く。初体験の二人は、運転にもだいぶ慣れてきて、スピ−ドも出せるようになっている。同行の青年は、よりスピ−ドアップして私を追い抜いたりしながら疾走している。やはり、若者の感覚と度胸にはかなわない。対抗意識を出して無理に飛ばしても、事故って横転でもしたら、おしまいだ。アフリカでサファリ中に横転事故に遭った時のことを思い出しながら、マイペ−スで走行する。それでも90kmの速度だから、スピ−ド感は十分だ。
 

この雪原を走り抜けると、脇道を走ったり、凸凹の原っぱを走ったりしながら、出発点を目指す。そして最後は、小さな橋のたもとに出る。その付近には小さな池があって氷結しており、その氷上をスピ−ドを落として通り抜ける。すると、その途中で、同行の青年のモ−ビルが突然スピンしてくるりと回転してしまう。スピ−ドは落としていても、やはり滑りやすいのだ。本人は驚いた様子だが、難なく通過する。ここを抜けて橋上の道路に出ると、基地はもう目の前だ。
 

こうして、初体験ドライブは2時間におよぶ大雪原疾走を終えて、無事にゴ−ルインする。ヘルメットを取り去り、防寒服を脱ぐと、やっと自分の身体に戻ったようだ。最初はどうなることかと不安もあったが、終わってみるとそのスリルと緊張感が言い知れぬ快感に変わっていく。ほんとに素晴らしい体験ができたことに、安堵と満足の吐息を漏らす。返却を済ませて別れを告げると、そのまま送迎車に乗せられてホテルへ向かう。さあ、これから1時間で昼食と休息を取り、それからすぐに犬ゾリ体験へ出発である。なんと忙しく、ハ−ドな一日だ。
 

ホテルのロビ−ではガイド嬢が出迎えてくれ、預けた防寒着を受け取って部屋へ戻る。昼食は今朝食堂でもらったパンで済ませることにしよう。簡単に済ませると、シャワ−を浴びて汗ばんだ身体を洗い流す。さっぱりなったところで、すぐに身体をベッドに横たえて休息を取る。一つの冒険をなし終えたような満足感にひたりながら、ゆったりとベッドに全身を委ねる。うっかり眠り込まないように、目覚ましをかけておく。
 

犬ゾリ初体験
出発の1時が近づいてくる。そろそろ起きて身仕度をしよう。今度こそ、レンタルの防寒着を着用しなくちゃ。一通り防寒スタイルになると、つなぎの防寒着を手にぶら下げてロビ−に出る。すでにガイド嬢が顔を見せている。われわれ参加者の往き帰りを見届けてくれているのだ。
 

彼女はスノ−モ−ビルの経験はないそうで、午前のドライビングのスリル満点だったことなどを話していると、午前の部の犬ゾリ体験を終えて、2人の女性が戻ってくる。そして、「脚が冷たくて冷たくて……。」と言いながら震え上がっている。よほど寒かったらしく、多分防寒が足りなかったのだろう。
 

次は私の番だ。彼女らが乗って来た車で、入れ替わりに出発する。これもモ−ビルと同様に、近くの居住区にある基地まで出向くわけである。途中、ドライバ−が「あなたはなかなかドライブが上手だったと彼が言ってましたよ。」と話しかける。スノ−モ−ビルのガイド氏がドライバ−に話していたらしい。ドライブが終わった後、ホテルまで送ってくれた同じドライバ−なのだ。
 

多分、お世辞には違いないのだろうが、年齢の割りには落後もせずに、よくついて走ったという意味なのだろう。「ありがとう。とてもエキサイティングで、楽しかったですよ。」と礼をいう。すると、「この犬ゾリの御者は、なかなかいいヤツですよ。もう準備して待っていると思います。」という。このドライバ−は、昨日われわれを乗せて氷冠見物にも連れて行ってくれた人なのだ。
 

居住区のはずれに到着すると、フェンスで囲われた犬の飼育場所がある。その横で、すでに8頭立てのソリを用意して若いお兄さんが待っている。「ハロ−、よろしく。」と挨拶を交わして、いざ出発である。狭いソリ台の上には毛皮が敷かれている。その前方に御者が乗り、その後方に私が1人腰を下ろし、前向きに両足を投げ出して座る。3人乗りだそうで、御者が先頭に座り、その後に2人が乗ることになっている。この様子からすると、3人乗りの場合、みんな横向きに乗ることになるようだ。午前の部が日本人女性2人、午後の部は私一人ということで、ちょっと気の毒である。だが、犬たちのためには軽くていいのかもしれない。


 “ハ〜ッ”と掛け声をかけながら長いムチをひと振りすると、犬たちは一斉に走り出す。シャリシャリシャリ〜……と雪をかくソリの音を響かせながら、2人だけの犬ゾリ走行が始まる。犬の基地の眼前には、午前にモ−ビルで疾走した雪原に似た広大な大雪原が広がっている。ここも低い山並みが左右に並び、その合間に限りなく広がった雪原が伸びている。その中をたった2人だけが乗った犬ゾリが8頭の犬に軽々と引かれながらひた走る。かなりのスピ−ドが出るものだ。自転車と同じぐらいのスピ−ドだろうか?
 

御者の乗り方が面白い。前向きに座るのではなく、横向きにひざまずきながら乗るのである。これだとかなり疲れるはずだろうに、本人は平気な様子だ。2人きりなので、いろいろ話しかけてみる。

「生まれは、この地ですか?」
「えぇ、ここで生まれたんです。でも、両親はイングランド出身で、いま帰っています。」
「あなたは帰ることあるんですか?」
「これまでに2、3度行きましたが、滅多に行きません。」
「どの犬がリ−ダ−なんですか?」
「あの黒い毛の犬です。あれが父親で、この8頭はみんなファミリ−なんです。」
 

なるほど、そのリ−ダ−犬はがっしりとした体躯をしており、脚の太さもより大きくて脚力もありそうだ。
「あのお尻の毛が抜けて肌が赤くなっている犬はどうしたんですか?」
「あぁ、あれは母親で妊娠するとあんなに毛が抜けるんですよ。」
「餌は何をやっているんですか?」
「ドッグフ−ドなんです。でも高くつくから、最近はホテルやレストランなどの
 残飯を買い入れているので、少し安くつきます。」
「このソリ台の敷き皮はなんですか?」
「それはレインディアの毛皮なんです。」
「そのあなたが着ている毛皮は?」
「これは“seal”なんです。」
 
 
そこで、私が単語の意味が分からずに?としていると、走るソリ台の上で急に腹這いになり、胸を反らせて両手をバタつかせながら、“クァ〜クァ〜”と泣き声を真似て見せる。こんなところが彼の気取らないユ−モラスな面なのだろう。あのドライバ−が、彼はナイスガイだよと言ったのが、分かるような気がする。彼のユ−モアたっぷりのジェスチュア−で、途端にその意味を理解する。と同時に、南アフリカのケ−プタウンにあるSeal Islandを訪れた時のことを思い出す。それはアザラシだったのだ。そう言えば、この地ではアザラシ漁が行われるのだ。
 

さらに会話はつづく……。
「ハンティングをしたことあるんですか?」
「えぇ、たまにやります。これまでにモスクスを2頭仕留めましたよ。」
「肉はおいしいんですか?」
「モスクスもレインディアもおいしいよ。」

「この雪の下は湖ですか?」
「いいえ、ここは砂地なんですよ。この先をずっと行くと、フィヨルドに出ます。」
「じゃ、そこまで行けば魚は釣れるわけ?」
「そうです。大きな魚が釣れますよ。」
「この地面には草は生えないの?」
「ご覧のように、縁にちょろっとあるぐらいで、ほとんど生えないんですよ。」

「ところで、仕事は忙しいですか?」
「それが、このところ暇なんですよ。お客がほとんどありません。」

「その太いロ−プの輪は何ですか?」
「これブレ−キに使うもので、大事なものなんですよ。」
といいながら、その輪を片側のソリにかませてみせる。すると、ソリと雪の間にロ−プがはさまって擦り合い、ググ〜ッとストップする。なるほど、ブレ−キの役目をするわけだ。このロ−プは何だろう?と思っていたのが、こんなことに使われるわけだ。面白いアイディアである。
 

こんなことを折々に話しながら走行を続ける。そんな話を聞かせる彼の鼻ヒゲや顎ヒゲは、真っ白に凍りついている。吐く息が水滴となって凍りつくのだ。しかし、彼はそれを取り払おうともせず、真っ白に凍らせたまま無頓着にぶら下げている。取り払っても、また同じ結果になるのだろう。その様子が、いかにも北極圏らしい風情をただよわせ、この地で生きる人のたくましさをうかがわせる。
 

時折、広がり過ぎる犬たちをまとめるために、ムチを雪面に打ち鳴らす。すると、犬たちはお利口に元の位置に戻る。走行中のソリ台の上から、犬たちの様子を撮影しようと試みる。振動はあるが、なんとか撮れそうだ。だが、なにせ手袋をした状態でのカメラ操作だから、なかなか思うにまかせない。こうして苦労しながら撮ったのが次の写真である。
 

懸命にソリを引く頼もしい犬たち。右端の犬がリーダーの父親。
その左が母親で、尻の毛がはげているのが見える。



こんな大雪原の中をソリで走る

かなり走ったところで、小休止となる。早速、この機会を利用してソリや犬たちの写真を撮る。御者の写真も撮らせてもらう。この犬たちはほんとに元気なものだ。よく足先が冷たくないものだ。どんな感覚をしているのだろう? 彼らは実にたくましく、強い。今は観光用で、観光客を乗せて走るのだろうが、本来は生活物資を乗せて走る犬ゾリなわけだ。彼らは雪国の働き者である。
 

小休止中の犬とソリ。







ナイスガイの御者君
御者はこのひざまずいた格好で横向きに乗る。足元のロープはブレーキ用。手に持つのはムチの棒。













ここからさらに先へと前進する。すると、それまで平面だった雪原が、次第に凸凹の表面に変わってくる。底から氷が持ち上げられて突き出たようになっている。彼が言うには、この領域からフィヨルドになるのだという。ここはそのいちばん奥の岸辺に当たるらしい。ここをしばらく走ったところで小休止する。ここから先はフィヨルドの中に入るという。氷河が削り取って深い入江を形成しているのだ。この底は海域なのだ。
 

ここで持参の熱い飲物をサ−ビスしてくれる。甘酸っぱい味の飲物だが、オレンジか何かのフル−ツ粉末を使ったものだろう。カフェテリアに多くの種類のフル−ツ粉末の小袋が用意されていたが、多分そんな種類のものだろう。その間に、彼は懸命にもつれたロ−プを解きにかかっている。走行しながら、絶えず犬が入れ替わるので、その度によじれてしまうのだ。
 

この遠く前方がフィヨルド。もつれたロープを解いている。
このブルーの輪になったロープがブレーキに使われる。


犬たちと一緒にこうして氷原に立っていると、彼らの頼もしさが身にしみて感じられる。この氷点下の世界をものともせず、ただ人間の指示に従って忠実に行動する。もし、彼らが動かなくなったらソリは使えず、この大氷原を歩いて戻らなければならない。ここまで1時間をかけて走行しているので、歩くとしたらその何倍もの時間を要するに違いない。ふと、そんなことを考えたりしながら、彼らのたくましさに感動さえ覚えてくる。
 

昨日もそうだが、今も静かな無風状態が続いている。この地に到着して以来、日中は曇りばかりだが、不思議と風がない。ソリが止まると、辺りは風の音もなく、し〜んと静まり返って音ひとつ聞こえない静寂の世界が広がっている。これほど広大な大自然に囲まれているのに、それは無気味なくらいに静けさが広がっている。これが吹雪の舞う天候になったら、どんな状況に変わるのだろう。北極圏とはいえ、今は穏やかな顔だけを見せている。
 

ロ−プのもつれも直り、準備ができたところで向きを基地に変えて出発だ。ここから戻りのコ−スになる。1時間もソリ台の上にじっと座って走っていると、さすがに手足の指がじ〜んと冷えてくる。ボディの方は万全なのだが、指先だけが冷たくなってくる。そのことをちゃんと察して、手足の指を動かしなさいと彼が指示する。それに従い、手足の指を盛んにグ−パ−しながら冷えを防御する。
 

ソリは起伏のない雪原をシャリシャリと音を立ながら軽快に走行する。犬たちも早く帰着したいと思ったのか、スピ−ドが乗り始める。すると彼は、例のロ−プを取ってソリにかませ、スロ−ダウンする。「どうしたの?」と尋ねると、「あまりスピ−ドを出させると犬たちの耳が聞こえにくくなり、御者の命令が聞き取れなくなるのです。」と説明する。なるほど、早いばかりが能ではないのだ。ソリにも巡航速度というものがあるというわけで、ソリにはソリのドライブテクニックがあるのだ。
 

8頭立てソリは、時折ムチ音と掛け声を響かせながら順調に走行する。ムチは使うが、それは彼らの側の雪面を叩くだけで、決して犬の体にムチを当てることはしない。大事な犬だし、そこまでする必要はないのだろう。ムチは1mぐらいの握り棒の先に2mほどの細い皮のムチ紐が付いている。ソリ台から離れた犬の側まで届く必要があるから、これくらいの長さが要るわけだ。
 

やがて遠くに基地が見えてくる。1人きりのぜいたくな2時間の犬ゾリ体験も、これで無事終わりだ。出発時は明るかったのに、午後3時ともなればサンセットタイムで、なんとなく薄暗くなり始めている。後ろを振り向くと茜色に染まった夕焼け空が広がっている。なんとも美しいシ−ンである。今夜の空模様はどうなのだろう? 気にはなるが、余裕の気持ちである。昨夜は1時間半もたっぷりとオ−ロラを拝むことができたからだ。基地に到着すると、犬たちもほっとしたような様子で、しっぽを振っている。横一列に並んだ犬たちを入れて、この美しい夕暮れ風景を写真に収めよう。
 

夕映えを背景に基地の前で勢ぞろいした犬たちとソリ。
到着してほっとした表情が浮かぶ。

こうして最後の1枚のフィルムを使って撮り終わると、すでに到着して待機していたドライバ−が、私の様子を見て「あっ、ちょっと待って!」と大声をあげる。「指がカメラのレンズにかかっていますよ!」と叫ぶ。そして、「もう一枚撮り直しなさいよ。」と二人が叫んでいる。そこで私が「これが最後の一枚でフィルムは終わりです。」とあきらめて叫び返す。しまった! 今のいままで、そのことには気づかなかった。果たして、過去の撮影の分は大丈夫なのだろうか? (帰国してプリントしてみると案の定、このシ−ンを含めて数枚の写真が指の影に邪魔されていた。大事な場面もあっただけに、残念である。)
 

御者の青年と握手をして別れを告げると、ドライバ−に送られてホテルへ戻る。出迎えるガイド嬢に、その素晴らしい犬ゾリ体験のことを報告すると、部屋に戻って防寒着を脱ぎ去り、お茶の代わりに水で喉を潤すと、ベッドに横たわる。こんな時、ホットな飲物が部屋で飲めないのが不便でならない。
 

午 睡
午前と午後の延べ4時間にも及ぶハ−ドなスケジュ−ルではあったが、スノ−モ−ビルと犬ゾリという2種目の珍しい体験をこなすことができ、至極満悦の気分にひたっている。気温が低いと、思ったよりも疲れないものだ。これが30度を超える猛暑の中だったら、恐らくへばっていたかもしれない。そんなことを考えるうちに、眠りに落ちる。
 

たっぷりと寝た感じでふと目覚めると、外はすでに真っ暗。慌てて窓辺へ駆け寄る。毎夕この繰り返しである。時計を見ると、もう夜の8時半を過ぎている。よく眠れば眠ったものだ。3時半に床に就いてから5時間も眠ってしまっている。やはり、一日がかりのアクティビティの疲れが出たのだろう。それにしても、夕食を取るには時間が無さ過ぎる。カフェテリアは9時に閉店なので、今からではゆっくり食事もできない。幸いなことに、朝食時にもらったパンが残っているので、これでしのぐことにしよう。
 

このあと残るのは、本番のオ−ロラ観察だけである。見上げる夜空は今夜も満天の星空である。なんと幸運なのだろう! 面白いことに、昼間は厚い雲に覆われているのが、夕方ごろから次第に晴れ上がり、そして夜には星空がのぞくというパタ−ンが連夜続いている。ほんとにラッキ−なことである。いま空には何の動きもなく、ただ静かに星がまたたくのみである。これがいったん、オ−ロラの出現となれば、天空はたちまち華麗な光のショ−の壮大な舞台に早変わりする。今夜のお出ましはいつなのだろう? すでに1回ぐらいは出現したのだろうか?
 

昨夜は10時ごろのお出ましだったが、果たして今宵は如何? 自然現象のオ−ロラだけに、そんな定期便のように出現するはずはないだろうし……などと思いながら、窓とベッドを往き来する。そのうち、昨夜の出現時間と同じ10時に近づいてくる。次第に緊張が高まってくる。そろそろ防寒着を着用してスタンバイしておこう。昨夜の経験で対応は分かっており、ゆとりの気分で待つことにする。
 

10時を過ぎても、まだお出ましにならない。今日は午睡を十分に取ったので、今夜はいつまでもねばれるぞ〜。そう思いながら長期戦に備える。10時半を過ぎても、星空には何の変化も見えない。ただ、いつまでも星空が続いてくれますようにと天に祈るばかりである。晴れていてくれさえすれば、間違いなく現れるはずだ。そう確信しながら落ち着いて待つことにする。
 

オーロラ出現
それは11時のことである。星空の一角に見慣れた光のうごめきが見え始める。それっ!とばかりにダウンジャケットをはおり、バッグを引っ提げて通い慣れた出口へと急ぐ。廊下は静まり返り、人の動きは何一つ感じられない。足音をしのばせながら出口へ至り、ドアを開けて昨夜と同じポジションに立つ。
 

次々に変化を見せながら、青白い光が天空狭しとばかりに華麗に舞い続ける。何度見ても、その千変万化するオ−ロラの姿は、ただただ夢のように美しい。今夜はフィルムを入れ替えたばかりなので、丸々1本分たっぷりと撮影できる。そこで、昨夜の要領で強い光を放つオ−ロラめがけてアングルを構える。やはり今夜も、その出現領域は昨夜と同じ範囲で、ほとんどが頭上近くに舞い現れる。ほぼ真上を見ながらの撮影は身体のバランスがとりにくく、不安定でしようがない。息を殺すようにして、これはと思うシ−ンをどんどん撮りまくる。 
 

今夜もひっきりなしに、途切れることなくオ−ロラ姫は現れる。こちらが終われば、あちらに現れるといった具合に、絶え間なく光のショ−が続く。いったいいつまで続くのだろう?


昨夜と同様に、今夜も時の経つのを忘れて天空を仰ぎ見る。もう1時間は経過している。それでもなお華麗なオ−ロラショ−は終わらない。たった一人の観客のために、手を抜くことなく、これでもかこれでもかと、その美しい光の舞いを見せつける。
 

ついに、その瞬間がやって来る。昨夜と同様に、コロナ型オ−ロラの爆発である。今度は見慣れているので、それほど恐怖感は感じない。だが、この天空いっぱいに広がる光の巨大傘に覆われると、何とも言えず異様な感じを受けるのは間違いない。これは体験者だけが知る異常な体験感覚であろう。だれだって、この広い空がこんなに光の放射に包まれるとは想像不可能だからである。この現象をいまだかつて写真や放映などで見たことないから、未経験の人には想像つかないだろうと思われる。それほど希有で特異な現象といえるのかもしれない。
 

二度目のコロナ爆発を体験して、もうこれ以上の望みは何もない。ただ、欲をいえば赤色のオ−ロラを見てみたい。それはともかく、これほど超満足の気持ちで、その光の終焉をじっと見つめる。この爆発がフィナ−レよろしく、ショ−の終局場面で現れるので、何とも小憎らしいかぎりである。まるで大舞台でのフィナ−レのように、精巧に演出された華やかなショ−のフィナ−レのように感じられるからである。
 

やがて、オ−ロラの精は次第に光を弱め、残映で幕を引くように星空のショ−は静かに閉じられて行く。思わず大きな溜め息が漏れ、一抹の寂寥感がただよう。と同時に、今夜も心ゆくまで観賞できた喜びと満足感がじわ〜っと湧き出てくる。灯で時計を見ると、もう12時半である。昨夜と同様に、今夜も1時間半にわたり、この零下の厳寒の中に立ち尽くしていたことになる。寒さも時も忘れるほど、異次元の世界に没入させる素晴らしい天体ショ−なのだ。
 

グリ−ンランド最後の夜、今宵も興奮に打ち震える身体を優しくなだめながら、満ち足りた心で眠るとしよう。明日はコペンハ−ゲンだ。


(フィルム1本分を前夜と同じ要領で撮りまくったのに、どうしたことか、さっぱり撮れていませんでした。フィルムが悪いのか、オ−ロラの光が薄かったのか、月光が邪魔したのか、薄ぼんやりの写真ばかりでした。その見本を2枚だけ掲載してみます。ということで、お見せできる写真がないのが残念です。)






ホテル屋舎の上には満月が・・・



(次ページは「早朝のオーロラ・コペンハーゲンへ」編です)










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