3.氷冠見物・オ−ロラ観察
三日目朝。眠い目をこすりながらも6時半に起床。窓外はまだ真暗だが、外を覗いて見てもやはり星空は見えない。今もなお曇っているらしい。果たして、今夜の天気はどうなのだろう? オ−ロラ観察が最大の目的だけに、そのことが大いに気になるところである。今朝は10時出発で「氷冠」見物に出かける。昨日到着したわれわれ日本人グル−プの6人全員が参加する予定である。
朝 食
外は曇りらしいので、安心してTVを観ながら、しばし時を過ごす。その後、洗面を済ませ、身仕度を整えると、朝食取りにカフェテリアへ出向く。この朝食だけは宿泊料金に含まっているので、安心して食べられる。食堂はがら〜んとして人気はなく、わずか数人が食事をしているのみである。7時半過ぎだが、まだみなさんは遅いのだろうか?
セルフサ−ビスで、まずコ−ヒ−を大カップになみなみと注いで砂糖とミルクを入れ、それにオレンジジュ−スをコップ1杯。そして次に、ハム、ソ−セ−ジ、ベ−コンを数切れずつ選び、これに半熟玉子、茶碗蒸し風玉子、フライドポテトを載せ、パンとクロワッサンも載せる。おまけのフル−ツはオレンジ1個である。コペンハ−ゲンのホテルの朝食とは比べようもないが、お腹は十分に満たされる。それにしても、ハム、ソ−セ−ジ類の何と塩辛いことだ。デンマ−クの食肉加工品はこんな味付けなのだろうか? 次回から遠慮しておこう。
日本人?
このカフェテリアでは数人の中年女性たちが働いているのだが、そのおばちゃんたちがみんな日本人によく似ているのだ。こんな北国の果てで日本人が働いているのだろうか?と不思議に思い、よほど声を掛けて尋ねてみようかと思うが、その機会がないままに終わる。
今日の氷冠見物は5時間もかかるというが、ランチは付いていない。だから、時間をかけてたっぷりと、そしてゆっくりと味わう。ついでに、パン1個を昼食代わりのおつまみにもらっておこう。食後は部屋に戻り、TVを観ながらのんびりと時を過ごす。そろそろ外出に備えて防寒準備をしておこう。持参物はカメラ、フィルム、電池、水にパンをデイバッグに入れるだけ。だが、今日の見物は車で行くので、それほど寒さの心配はなさそうだ。
Ice Cap(氷冠)見物へ
出発時間の10時ごろになると、ようやく空も明るんで戸外の活動ができる状態になる。ロビ−で待機していると、間もなく見物用の車がやって来る。この車両は大型の特殊車両で、2人掛けのイスが2列に並んで16人が乗れる四角い箱形のキャビンを乗せている。今日の参加者は、われわれ日本人グル−プ6人と、奇しくも昨日機内で隣席だった歯科医とその知人の8人、これに昨日のガイド嬢が同伴する。運転席とは分離されており、説明など双方はマイクでやりとりすることになっている。
車は凍てついた道路をかなりのスピ−ドで走り出す。大きなスノ−タイヤを履いているので積雪も何のその。辺りの風景は白一色に覆われたなだらかな丘陵が続いている。峻険な山はどこにも見当たらない。そのことについてガイド嬢の説明によると、この地域の山々は太古の昔に氷河によって削りそがれ、そのためまるみをおびたなだらかな稜線になっているのだという。今、見物に向かっているのは、その太古の昔から脈々と続いている氷河の源なのである。
走行する車窓から、たまに山の斜面に動物の姿が見られる。それはレインディアという鹿の一種だったり、また毛のふさふさとした小型の牛のようなモスクスだったりする。それが目に留まると、一時停車してその姿を目で追う。この地帯にはこうした野性の動物たちがいるので、彼らを相手にサファリのアクティビティがある。当初は冠雪した白一色の世界が珍しく、あちこち眺め回していたものの、しばらくすると変哲のない風景に退屈してしまう。
これがレインディア(パンフレットより)
これがモスクス(これもパンフより)
ガイド嬢との会話
向かい側の座席にガイド嬢が座っている。そこで、いろいろ会話してみる。
「背がずいぶん高そうだけど、何センチぐらいあるの?」
「182センチなんです。」
「お〜、ずいぶんと背が高いのね。何かスポ−ツでもやっているの?」
「えぇ、水泳をやっています。水球もやったりしますよ。」
「そうなんだ。それじゃあなたにぴったりね。このガイドの仕事はアルバイトなの?」
「えぇ、そうなんです。」
「じゃ、学生さん?」
「えぇ、マスタ−コ−スなので5年間かかります。」
「大学の方、休んでも問題ないの?」
「大丈夫です。」
「ずっと、このホテルに滞在しながら仕事しているの?」
「いいえ、1ヶ月交替で入れ代わるんです。今度はまだ来てから1週間にもなりません。」
「じゃ、まだ先が長いね。1ヶ月が終わるとコペンハ−ゲンへ戻るの?」
「いいえ、私が住んでいるのはデンマ−ク第二の都市オ−フスなので、そこへ戻ります。」
「毎日、案内のゲストが到着するの?」
「いいえ、今のところあなた方のグル−プだけで、しばらく暇です。」
「じゃ、その間何をして過ごしてるの?」
「本を読んだり、書き物をしています。」
「もしかして、論文でも書いているの?」
「そのとおりです。100ペ−ジの論文を提出しなければなりません。テキストを持ち込んでいるので、それを読んで分析したりしてるんです。」
「今年が卒業なの?」
「はい。9月が卒業時期なので、その前までに提出しなければなりません。」
「今、何を研究しているの?」
「EUの制度と文化の研究なんです。」
「じゃ、卒論の内容もそのことに関してなの?」
「そのとおりです。」
「複雑難解だけど、研究のしがいのある内容ね。最近、トルコのEU加盟のことが問題になっているけど、初のイスラム国家の加盟についてどう思う?」
「それは望ましいことと思いますよ。自由主義が守られさえすれば問題ないと思います。しかし、トルコ社会でその自由主義がいかに確保されるかが問題ですね。」
「時間があれば、このことに関して、あなたと討論してみたいね。ところで、卒論のテ−マはもう決まったの?」
「えぇ、“EUをノックするトルコ”なんです。」
「わ〜っ、まさにタイムリ−でよいテ−マじゃないの。なかなかネ−ミングがうまいね。非常に優れた素晴らしい題名だと思うよ。これだと、良い論文が書けそうね。できるだけ多くのデ−タを比較分析して立派な論文を書き上げてね。成功を祈ってますよ。」
「ありがとうございます。」
「ところで、カフェテリアで働いている女性たちは、とてもよく日本人に似ているんだけど……。」
「彼らはイヌイットの人たちで、もともとアジアの人たちなんです。大昔にそこから移動してカナダに渡り、そこからこの地に流れて来たといわれています。この車のドライバ−もイヌイットなんですよ。」
「なるほど、それでみんな日本人に似ているんだ。ホテルのスタッフもみんなそうみたいね。」
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(注1:イヌイットの正確な起源は、まだよく分かっていないという。一般には、その先祖は最後の氷河期に2つの大陸の間にできた陸橋づたいにアジアから北米へ、そしてさらに東へとやって来たというのが通説になっている。)
(注2:極北のイヌイット、人権侵害の申し立て
雪と氷の世界に生きる極北の民族イヌイットが、「地球温暖化の影響で生存が脅かされている」として今年4月にも、温室効果ガスの最大の排出国、米国による人権侵害だとする申し立てを米州人権委員会に起こす。05年2月16日に発効する京都議定書から離脱したままの米ブッシュ政権に、温室効果ガス削減への積極的取り組みを促すのが狙いとしている。
イヌイットは「エスキモー」とも呼ばれてきた狩猟民族で、アラスカ、カナダ、グリーンランド、ロシアに約15万5千人が暮らす。カナダ北部では、海の氷結は昔は10月ごろだった。それが最近では12月下旬にずれ込んだうえ、氷も薄くなったため狩猟中の転落事故が増加しているという。氷河が解けたため小川が激流に変わり、おぼれる人も出ている。永久凍土が解けるなどして沿岸部が侵食された結果、移転を迫られている集落もある。スズメバチなど本来南方に生息していた昆虫や鳥も増え、数年前の夏には30度前後の暑い日が1ヶ月も続いたという。
「イヌイット周極会議」のシーら・ワットクルティエ議長は、「地球でいま何が起きているか、耳を傾けてほしい。経済大国が排出するガスが我々の文化と生存を脅かし、極北での変化が今度は地球全体の一層の温暖化に跳ね返る、という関係に私たちはある」と話している。(05年2月13日付、朝日新聞)
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ガイド嬢とこんなやりとりをしながら目的地に向かって走行する。凍てついた道路を時速60kmぐらいのスピ−トで走っている。途中の車窓からは時折、凍りついた小さな川や湖が見える。こうして走ること1時間、大きな湖が広がるポイントにさしかかる。すると車はそこでストップし、ブレイクタイムとなる。
氷結した湖水
全員下車して、その凍りついた広大な湖の風景を楽しむ。この湖の奥行きは深く長いそうだ。全面が凍てついた荒々しい湖面を眺めると、いかにも冷たさそうで、こちらまで凍りつきそうである。これが吹雪いていたら立っていられないだろうが、今は無風状態でし〜んと静まり返った静寂の時間が流れている。すがすがしい気持ちになれて、なんとも気持ちのいいものだ。空気は零下20度の冷え切った冷気だが、都会とは違う混じり気のない北極圏の自然の空気が心にしみ入るようで、なんともおいしい。
みんなそれぞれに記念撮影に余念がない。私はその風景をカメラに収めようと、足下に注意しながら湖の側まで進み、5枚連続の写真を撮る。写真に見るように、周囲の山々はなだらかな丘陵を形づくっている。ここでも、その昔、氷河が削りとった痕跡を残している。 |
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