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            NO2




9.カッパドキア・・・・ 奇岩また奇岩・アリの巣のような地下都市・ウフ
             ララ渓谷

 
8日目。今日はカッパドキアへ移動する日だ。イスタンブ−ルから東へ約600km離れた位置にあり、バスで11時間の距離である。トルコは長距離バス路線網が発達していて料金も安く、便利である。しかし、急ぎの旅には時間がかかるので、今回は空路カイセリまで飛び(所要1.5時間)、そこからカッパドキアまで移動することにする。
 

8時40分発のカイセリ行き飛行便に乗るため、今朝は早起きして5時半に起床。ゆっくりと洗面を済ませ、出発の身仕度を整える。とはいっても、重さ4kgのバッグ1つなので、あっという間に準備は終わってしまう。朝食は空港で取ることにして、とにかく空港へ向けて出発しよう。
 

ホテルマンにタクシ−を呼んでもらい、それに乗ってホテルを6時半に出発。空港行きバスを探してモタモタしたら、飛行機の出発時間に間に合わない恐れがある。だから、今朝は仕方なくタクシ−利用だ。早朝とあって、道路の混雑はまだ見られない。タクシム広場から金角湾にかかるアタテュルク橋を渡り、旧市街を通り抜けて空港へ向かう大通りを突っ走る。車窓から眺めるイスタンブ−ルの空は、今日も快晴だ。ほんとにありがたい。渋滞がないので、25分と短時間でアタテュルク空港へ到着。ちょっと早過ぎる到着である。
 

早速チェックインを済ませると、ロビ−の一角にあるスナック店へ入り、パンとジュ−ス(合計175円)を買って朝食にかかる。ミルクがないのはちょっと寂しい。出発までたっぷり時間があるので、ゆっくりと食事する。後はガイドブックに目を通しながら、これからの作戦を考える。カイセリ空港に着いてからの移動方法については、どうなっているのか皆目わからない。それは着いてからのお楽しみというところだ。
 

やがて出発時刻になり、数十人乗りとやや小型の国内便は、満席の乗客を乗せてカイセリ空港へ向けて離陸する。途中の眼下を眺めれば、連なる山の頂は真っ白に冠雪している。イスタンブ−ルは海の側なので冷え込みはゆるいが、内陸部になるとかなり冷えているようだ。カッパドキアは内陸部の中央になるので雪かも知れないなあと、少し不安になってくる。そこで、通りかかった乗務員に現地の天候のことを尋ねてみると、よく分からないが、今の季節には雪が多いとの答えが返ってくる。降雪の場合、道路は大丈夫なのかと質問すると、「ノ− プロブレム」という。メインストリ−トはそんなに積もらないので大丈夫とのことだ。
 

カイセリ空港到着
機内ではパンとケ−キの軽いスナックがサ−ビスされる。こちらは食べたばかりなので、コ−ヒ−のみをいただき、パンなどは持ち帰ることにする。昼食の足しになるかも知れない。機は1時間20分の飛行で10時ちょうどに、こぢんまりとしたカイセリ空港に無事到着。ここカイセリは、カッパドキアへの基点となる街で、遠くはロ−マ時代にさかのぼる古い歴史のある街でもあり、城塞などの史跡が散在している。古くから交通の要所で、現在でも中部アナトリアの商業都市として知られ、絨毯の産地としても有名だ。
 

乗客と一緒に狭いロビ−へ出ると、インフォメ−ションの案内表示を見つける。その矢印に沿って横のほうへ歩いていくと、そこはトルコ航空の窓口ではないか! そこでインフォメ−ションはどこか尋ねると、この窓口だという。窓口の係員が兼ねているのだ。早速、カッパドキア行きのバスはないのか尋ねると、ここからの直行バスはないという。だから、いったんカイセリ市内のオトガル(バスタ−ミナル)まで出て、そこからカッパドキア行きのバスに乗りなさいという。なんという不便なことだ。カッパドキアへの基点の街というのに、飛行便に合わせた直行バスがあってもよさそうなものだ。じゃ、市内行きのバスはどこから出るのか尋ねると、その右手のところから出るのだが、先ほど出たばかりだという。
 

こちらは午後半日のカッパドキア観光を考えているので、先を急がなければ午後の時間がふいになってしまう。タクシ−で行くしかないのかなあと思案して辺りを見回すと、頼りのタクシ−は1台もいない。さきほどまで2、3台いたのに……。乗客たちは、みんな地元の人たちとみえて、出迎えの車に乗ってそれぞれ立ち去ってしまっている。そこにたった一人取り残された私。しまったことをした、こんなことなら初めからヒッチハイクをすればよかったのだ。今となっては、もう遅すぎる。車は1台もいないのだから……。
 

オトガルへ
どうしたものかと思案していると、玄関前に若い空港職員が立っている。彼にすがる思いでタクシ−はいないのかと尋ねると、「オトガルへ行くのならバスがありますよ。」といいながら、親切にも私をバスまで案内してくれる。なんと、横手の引っ込んだところにバス停があるものだから、建物の陰になって目に入らなかったのだ。インフォメ−ションの係がいい加減なことを教えるものだから、とんだ失敗を犯すところだった。バスの前に切符売りのオジさんが立っているので、1枚購入する。運賃750,000TL(150円)。
 

間もなく発車したバスは、地元のオバさんたち3人と私の4人だけの乗客を乗せて市街へ向けて走り出す。広々とした郊外の風景を眺めていると、やがて家やビルが立ち並ぶ市街地へさしかかる。間もなくアパ−トが立ち並ぶ一角で停車すると、オバさんたち3人はそこで下車してしまう。一緒に降りようと「オトガル?」とドライ−バ−に尋ねると、「ハユル ハユル(いいえ)」と首を横に振る。そして、私を指差しながら「オトガル?」と聞きただす。そこで「エヴェット(はい)」と返事する。すると、手を差し出しながら「マネ−」とお金を要求してくる。切符を見せると、首を横に振りながら「ビル ビリオン!(100万)」という。 


初めは何をいっているのか分からず、きょとんとしていると、今度は大声で「ビル ビル!」と叫び出す。そうか! ビルは1の意味だったなあと、覚えたてのトルコ語をふと思い出し、100万トルコリラをよこせといっているのに気づく。その剣幕に押されて「200円なら安い」と頭の中で換算しながら、100万トルコリラ札を1枚手渡す。するとそれを受け取り、私一人を乗せてバスを発車させる。こんなところで、覚えたトルコ語が役に立つとは!
 

ほどなくオトガルに到着である。目の前のタ−ミナルにはバスがいっぱい並んでいる。ここまでちょっとの距離しかないのに、どうして100万もボルのだ。このドライバ−は自分のポケットマネ−が欲しかったのだろう。先に買ったチケット代も合わせると、175万リラ(350円)にもなる。運賃の安いトルコなのに、この距離でこんなに高いはずはないのだ。まるでタクシ−並みである。
 

苦い思いをしながらオトガルの構内に入って行くと、呼び込みのオジさんにとらまり、どこへ行くのかと尋ねるので、「カッパドキア」と答えると、そのチケット売り場へ案内する。次の便の時間を聞くと、11時だという。これにちょうど間に合いそうだ。よかった! そこで運賃125万TL(250円)を払ってバスへ急ぐ。案の定、先に払った市内バスの運賃のほうがべらぼうに高くついたことが分かる。カッパドキアまで1時間以上の距離なのに、その運賃より市内バスのほうが高いという不可解な事態になってしまった。
 

バスでカッパドキアへ
気分を取り直し、カッパドキア行きのバスを探して乗車する。なかなかきれいな大型バスで、座り心地も満点。座ると間もなく発車する。このバスには男性車掌一人が乗っている。トルコの長距離バスには、必ず車掌が乗務するらしい。彼が、どこまで行くのか、ホテルはどこかと尋ねるので、「カッパドキアのユルギュップ、ホテルは×××」と返答する。「ユルギュップで降ろしてもらえるのか?」と尋ねると、OKと首を縦に振って答える。やれやれ、これで安心だ。
 

ここのバスは臨機応変で親切だ。街の郊外に出てからでも、手をあげて合図する乗客がいれば、そこでストップして乗せてくれる。しばらくすると、車掌が順番に何やら容器から液体を振り出して掌に落としている。「? あれは一体なんだろう。」興味深げに眺めていると、みんな手にこすりつけている。なかには顔にも塗っている者もいる。私の番がきたので両手を差し出すと、チュッチュッと掌に液体を落としてくれる。途端に、プ−ンといい香りがあたりに広がる。ロ−ションなのだ。後で聞くと、レモンのロ−ションらしい。なかなか乙で面白い車内サ−ビスがあるものだ。感心しながら、手の甲に塗って香りを楽しむ。
 

ロ−ションサ−ビスが終わると、今度は水のサ−ビスである。紙コップにミネラル水をついで乗客に配り始める。車掌さんも、なかなか忙しい。しばらく走ると、窓外に岩肌の露出した低い山並みが見え始める。そろそろカッパドキア地域に入ってきたのだろうか。この地は、アナトリア高原の真中に広がる世にも不思議な奇岩が連なる地域であり、それをこの目で確かめるのが今度の旅行の目的でもある。それだけに期待も大きいものがある。
 

この奇岩地帯は太古からの火山活動と浸食作用によって、つくしんぼやキノコのように奇岩の数々がにょきにょきと地表に林立しているのだ。その様子は、これまでに何度となく写真や映像で紹介されたものを見てきたが、一度はこの目で確かめてみたいと思っていたのだ。ここカッパドキアの地域は、かなり広い範囲にわたって広がっており、1日の観光ではとても見終えることはできない。ここでの観光は今日の午後と、明日の1日半を当てている。それでも駆け足観光だ。ここでの宿は奇岩の中にあって、カッパドキアの雰囲気が楽しめるというユルギュップにしている。
 

カッパドキア地方はいくつかの町に分かれており、観光の基点となる町はネヴシェヒル、ユルギュップ、ギョレメの3つである。その中で、この地方の中心都市でバスのオトガル(バスタ−ミナル)もある交通至便な町はネヴシェヒルである。だが、奇岩の雰囲気には浸れない。ユルギュップは奇岩の中にあって、その雰囲気が楽しめ、ギョレメは奇岩を利用したカッパドキアらしいペンションやレストランも多い。それぞれ、自分の好みで場所を決めればよいだろう。
 

やがてバスは奇岩の気配が漂う山岳地帯を走り、どうやらカッパドキア地域に入ったらしい。どんな奇岩風景が見られるのか期待に胸がふくらむ。山沿いにはうっすらと雪が積もっている。が、今のところ雪は降っていない。空は晴れたり曇ったりの天気だ。そのうちユルギュップの方向指示看板が出ているのを発見。その矢印は左を指しているのに、バスはそれを無視して真っ直ぐに走り去る。「?」どうしたのだろう。確かに車掌はユルギュップで降ろしてくれるようにいっていたのだが……。このまま素通りしてオトガルのあるネヴシェヒルまで行ってしまうのかも知れない。それが心配になり、車掌へ「ユルギュップ OK?」と再確認すると「OK」と首を縦に振る。それを信じて待つことにする。
 

バスはとうとうネヴシェヒルのオトガルへ到着してしまう。ここが終点なのだ。カイセリからここまでの所要時間は1時間半。目的地のユルギュップは、こことは方向違いなのだが……。不安を抱えながら、とにかく下車して降り立つと、車掌が待ち構えたように私を案内して別の小型バスに乗せてくれる。バスの表示には、確かに「Urgup」と書いてある。なるほど、事情が分かってきた。長距離バスはネヴシェヒルのオトガルまで来て、そこから各方面へ乗り継いで向かうわけだ。だが、これでは今来たル−トを再び戻ってユルギュップまで行かなければならない。こちらは急いでいるのに、なんとやっかいなことだ。
 

少々待たされて、バスはやっと町外れのオトガルを発車、途中ネヴシェヒルの町中のバスストップで乗客を乗せながらユルギュップへ向かう。学校帰りとあってか、高校生らしき学生が大勢乗り合わせ、バスは満員となる。山を越えながら走り、約20分で目指すユルギュップへやっと到着である。時計は1時を過ぎている。この時間から果たして半日観光ができるのだろうか。「テシェッキュレデリム(ありがとう)」とドライバ−に礼をいって下車するが、運賃は何も要求されない。恐らく、ここまでの運賃が込みになっているのだろう。
 

午後の観光へ
不安げにバスを降りて辺りを見回すと、ここはバスのタ−ミナルで、ちょっとした商店や旅行代理店が並んでいる。そのうちの一軒に、大きく「INFOMATION」と書いた看板が目に留まる。「しめた! 案内所が目の前にある!」と思って飛び込んでみると、そこは旅行社なのだ。英語を話す人の良さそうなオヤジさんが応対に出る。そこで早速、これから午後の観光はできるのか尋ねると、嬉しそうな顔をしながら「Of course!」と叫ぶように答える。今から自分が案内するという。他に誰もいないので、個人ガイドになるのだという。今はシ−ズンオフで観光客が少ないのだ。いいカモが来たと思ったのだろう。荷物は車に積んでおけばOK。最後にホテルまでちゃんと送るからという。
 

ここで明日の観光も含めて商談を進めることにする。午後の観光が$40、明日の1日観光(昼食付き)が$45という。そこで少しディスカウントしてくれと頼むと、午後の分を$5だけまけてくれることになる。明日の分は、グル−プになるので規定料金になり、まけられないという。これで商談成立。私の宿泊ホテルを聞くと、あそこは料金がとても高いホテルだ。自分が安くていいホテルを紹介しようという。でも、すでに予約を取ってあるので次の機会にと辞退することにする。


そこで昼食は食べたのかと聞くので、「まだです。」と答えると一緒に食べようという。応接ソファに腰掛け、彼は自宅から持参した箱入り弁当を開く。そして私にそれを一緒に食べろと勧めてくれる。私も機内でもらったパンとケ−キを取り出して一緒に食事を始める。彼が盛んに勧めるので、弁当を少しご馳走になる。細切れにしたパンにトマト・ポテトなどを混ぜ、それをマヨネ−ズ状のものでまぶしてある。肉類は何も入っていない。なかなか質素な弁当である。飲み物に紅茶をご馳走になる。昼食を終わると、コ−スの説明を受けていよいよ出発だ。 


2人は乗用車に乗り込んで、最初の観光ポイントへ向かう。これから回るのはポピュラ−な一般コ−スだという。途中、彼のことについていろいろ話を聞いてみる。彼の勤める旅行社はイスタンブ−ルに本社がある大手の旅行会社だそうで、ガイドを始めて16年になるという。その前は他所で別の仕事をしていたという。子供たちは独立して外に出ていき、ここでは妻と2人で暮らしているという。もうヴェテランの老ガイドである。
 

最初のポイントに到着である。前方には大きな岩山が立ち塞がっている。その岩肌には大小さまざまの無数の穴ぽこや人家が建っている。遠くから見ると、まるで蜂の巣か鳥の巣のように見えるが、昔はそこに人が住んでいたのだろう。現在でも岩肌にへばりつくように数軒の住家が建っていて人が住んでいる。毎日岩肌ばかりを眺める生活というのは、どんな感じがするのだろう。そんなことを想像しながら、次のポイントへ向かう。



 岩山にへばりつくように民家が建っている。



高台に車を止めて見下ろすと、う〜んと思わず声がもれてしまうほどのパノラマ大景観が眼下に広がっている。言葉を失うほどのなんという見事な光景! ここはロ−ズバレ−なのだ。まるで無数の竹の子が寄り集まって一斉に地面から突き出しているようだ。冬の淡い夕日に映えながら、この世のものとも思えない摩訶不思議な世界が広い谷間いっぱいに繰り広げられている。月の世界に迷い込んだようなその奇妙な光景にしばし見惚れながら、やはり来てよかったという実感が心底からわきあがってくる。その中に走る一筋の道路が、ふと現実の世界に我を呼び覚ましてくれる。先を急がなければ!



 竹の子のような奇岩が林立するローズバレーの奇岩群。



次に現れたのは、酒どっくりを並べたような奇岩の群立地帯である。柔らかな曲線を持つそのとっくり奇岩のトップには、あたかも栓を付けたように、かさぶたが被っていてユ−モラスな風景を見せている。気の遠くなるような長い年月をかけて大自然が丹念につくり出したその不思議な造形美に、ただただ驚嘆するばかりである。その奇っ怪な大奇岩群に圧倒されながら、次へくるまを走らせる。




 とっくり型の大奇岩群



今度も奇岩の群立地帯だが、ここはその広がる規模も小さく、さほどの特徴は見られない。このカッパドキア地域は、その昔活発な火山活動で溶岩が流れ出し、その上に火山灰が降り積もるという活動を繰り返して地層を造っている。それが長年月をかけて柔らかい火山灰部分が風化してへずれ、固い溶岩部分だけが残って奇岩の状態をつくり出したといわれている。そのことから推測すると、標高1,200mの高原地帯に広がるカッパドキアの奇岩地帯は、こうした溶岩が流れ出した区域に出現しているのだろう。



 固い溶岩部分が残って奇岩を形成する



次のポイントへ車を走らせる。おやおや、今度は見事なキノコ岩の群立である。その数は少ないが、自然がその技術の粋を結集してつくったと思われる渾身の力作である。自然の造形美に、ただただ感服するのみである。“にょっきり”とは、まさにこのことをいうのだろうか。その表現にぴったりの岩で、巨大なキノコが地面から生え出しているという風情である。ここはゼルヴェ近くのバシャ−バ地区である。
 

                  





 洞穴からキノコ岩を見る


                       


 キノコ岩の奇岩群



この後、アヴァノスへ向かう。そこは伝統産業として今でも受け継がれている陶器の町として有名である。そこには奇岩などの観光ポイントはないので、ただガイドさんのセ−ルスに付き合わされるだけである。ここの焼きものはカッパドキアのお土産として有名らしいが、こちらにはとんと用無しのところである。とある1軒の工房に案内され、そこで足踏みろくろを回しながら器を作るデモをやって見せてくれる。たった私一人のためにである。こちらは当初から買う気はないのに恐縮である。陳列棚には、高価な陶器類がびっしりと並んでお客に買われるのを静かに待っている。
 

ここからウチヒサルに向かう途中、ギョレメの近くでなだからな平原に広がる奇岩地帯が開けてくる。高台から見下ろせば、息を呑むような奇岩の眺望が180度に広がって迫ってくる。これがギョレメパノラマと呼ばれる大景観である。この奇岩の合間を埋めるように、民家やペンションなどが散在している。ここには奇岩を利用したカッパドキアらしいペンションが多数あるらしいので、その雰囲気を味わいたい向きには絶好の場所であろう。



 ギョレメの町を見下ろすギョレメ・パノラマ



岩をくりぬいて造られた30以上の岩窟教会があるといわれるギョレメ谷では、そのうちの一つの教会に険しい階段を上って入り見学する。見事にくりぬかれた丸天井の岩窟教会は、その入口が地面からかなり高い位置に造られており、そこまで梯子で昇降するという不便さである。内部の壁面には色あざやかな壁画が描かれており、当時の面影が偲ばれる。その昔、この地域一帯を占拠して住み着いたというビザンチンの残した遺物なのだろうか。
 

ウチヒサルに行くと、そこに広がる岩峰は壮観だ。でこぼこの奇岩に無数の穴が開けられており、まるで蜂の巣のような景観である。これは鳩の家といわれる鳩の巣だそうで、住民は昔から鳩の糞を集めてブドウ畑の肥料に使ったそうだ。写真左手には蜂の巣のように穴の開いた奇岩地帯がなだらかな斜面に広がり、その中央から右手にかけては波打つように寄り集まった奇岩群が夕日を受けて輝いている。息を呑むようなパノラマシ−ンである。



 ウチヒサルの大景観。打ち寄せる波のように奇岩が折り重なっている。



 蜂の巣のように洞穴が掘られた奇岩群・穴は鳩穴



 面白い奇岩の風景



次に案内されたのは高さ40mもあろうか、にょっこりとそびえる奇岩の前である。その岩山も穴ぽこだらけである。その根っ子に開けられた入口から岩窟の中に入り、足下の悪い階段を3階へ上っていく。そこには一人の若い男性がスト−ブの前に座っている。もの珍しそうにきゅろきょろと岩窟の室内を見回す。低い天井は岩盤むき出しで、横にはベッドも置かれ、生活用品もそろっている。愛想のいい彼にすすめられて椅子に腰を下ろす。ティ−の接待を受けながら、家族のことなど四方山話が始まる。彼は英語が話せるのだ。

 







この岩窟の中に銀製品の店を開いている。














昔、日本でよく見た型のスト−ブがあるので、燃料は何かと尋ねると何やらいろいろ説明していたが、結局分かったことは石炭ということだった。「coal」という単語を彼は知らなかったらしい。懐かしい石炭スト−ブに、このカッパドキアでお目にかかるとは予想だにしなかったことである。よく見ると、ブリキの煙突を直角に曲げて窓の外に引っ張り出している。その様子は、ひところ昔の日本の場合とそっくりである。なんだか親近感がわいてくる。それにしても、個人の家を覗かせてもらって悪い気がする。
 

そう思って気の毒がっていると、「奥さんや娘さんにシルバ−製品のおみやげはいかがですか?」と唐突に切り出される。なんと、ショッピングの案内だったのだ! こちらは奇岩の岩窟に案内されるものだから、てっきり洞穴生活を見せる観光ポイントだとばかり思っていたのだ。とんだ勘違いである。
 

そこで製品を見せるからと、今度は階下へ案内される。狭い洞窟の壁の両側には、ネックレスから指輪類、食器類などシルバ−製品がずらりと並んでいる。買う気はないので、食指は動かない。そんな様子を見たのか、彼は色目の良いトルコ石のネックレスを手に取り、「奥さんへのおみやげにいかがですか?」と、こちらの弱いところを突いてくる。こう目の前に出されて勧められると、「それもそうだなあ」という気にさせられてしまうではないか。まんまと、彼の手管にはまり、ネックレスとブレスレットを対で買うことにする。まったく、予定外の出費となる。感心したことに、この洞窟内にクレジットカ−ドのマシ−ンも備えており、カ−ドでの支払いができるのだ。
 

やっとここから開放されたかと思ったら、次はカ−ペットの織物工場への案内である。ガイドに、「カ−ペットは高いし、買う気はないよ。」と念を押しながら車を走らせる。迎えた主人は、日本語が堪能だ。まず、織り姫さんが絨毯を織っている現場を案内してもらう。両手の指を器用に使って丹念に織り込んでいる。その見事な手捌きにしばし感心しながら見入る。そして、一人の女性の指を手にとって触れさせてもらうと、意外にも指の腹のほうはどの指も柔らかく、織りタコもできていない。反対に、手の甲の一部に固い織りタコができている。こんなところを擦るのだろう。織っているところの写真を1枚撮らせてもらう。

 







  カーペット織りの作業














そこから広い別の部屋に連れていかれ、そこで店員さんが大小さまざまの絨毯を次々に広げて見せる。そんなに出されても……と気の毒がっていると、主人が「買わなくても結構ですからご心配いりません。」と言い聞かせる。それにしても、広げた絨毯の後片づけが大変だろうに。こんな時、たった一人というのも、なんだかばつが悪い。
 

ホテルへ
ここを最後に、やっとショッピングから開放され、半日の観光も終わってホテルへと案内してもらう。時間が経つにつれて、空には青空が広がり、陽光に映える素晴らしいカッパドキアの観光が実現した。今は雪こそ降っていないが、うっすらと雪化粧が見られる高原地帯だけに、流れる空気もかなり冷たい。途中、ガイドさんが、夜のディナ−ショ−を盛んに勧めてくる。高台にある洞穴のナイトクラブで、地元の踊り子が民族舞踊を見せてくれるのだという。今夜は冷えそうなので、断ることにしよう。明日の観光には、朝8時半に迎えに来るとの約束を残して、4時間にわたる贅沢なガイド付き個人観光を終える。
 

ホテルに入ると、広いロビ−はガランとして人影は見当たらない。その片隅には珍しい暖炉が設けられ、薪の火が暖かそうに燃えている。宿泊客は少なさそうだ。その大きさから判断すると、この地域ではデラックスホテルの部類に入るのだろう。バ−チャ−を渡してチェックインすると、人気のない廊下を通り抜けて部屋へ入る。やはり設備は整っている。暖房はスチ−ム暖房で、窓際にラジェ−タ−が設けられている。この地域の冷え込みには、このほうがいいのだろう。
 

旅装を解いて、ロビ−の暖炉に暖を取りに行ってみよう。暖炉の火に当たるのは初めての経験である。人気のない暖炉には大きな木の根っ子が入れられており、音もなく寂しそうにチョロチョロと燃えている。手をかざすと柔らかな自然の暖かさが伝わってくる。やはり、暖炉の火はなにかロマンティックで、冬の夜のム−ドをかもし出すものである。素敵だ。
 

ロビ−の一角に小さな売店が目にとまる。のぞいて見ると、女性店員が一人暇そうに時間を過ごしている。とにかく、お客がだれもいないのだ。店内を物色してみるが、別に目にとまる物は何もない。そこで絵葉書2枚を選んで買うことにする。彼女に代金を支払いながら、とっておきの言葉、「チョキ ザイセン!」を投げかけてみる。すると、彼女は怪訝な顔をして理解に苦しんでいる。おかしいなあ、確かにトルコ航空機の機内では通じたのに……。そう不審に思いながら、念のため「You are so beautiful!」と英語で話しかけてみる。すると、「オ−!」と叫びながら笑っている。その意味なら「チョキ ザイセン」とはいわない。「チョク ギュゼルセン」というのだと、わざわざメモ用紙に「Cok guzelsin」とスペルを書いて見せる。(チョク=大変、ギュゼル=美しい、セン=あなた)。なんと、折角これまで覚えていたのは、全くの間違いだったのだ。私の耳には確かに「チョク ザイセン」と聞こえたのだが……。ほんとに当てにならないものだ。これで言葉が明快になった。
 

それをきっかけに、彼女といろいろ話を広げる。暇を持て余している彼女は、格好の話し相手ができたと歓迎している様子だ。彼女の勤務は、朝の7時〜10時までと、夜の7時〜9時までだそうで、その間だけ店を開けるのだという。夫は別のホテルのコックをやっているそうで、子供は2人いるという。彼女は地元カッパドキア出身の主婦なのだ。ひとしきり話を楽しんだあと、店を出る。
 

夕 食
7時を回ったところで、夕食を取りに食堂へ行ってみる。このホテルは町外れの一軒家の感じで、周りには何もない殺風景なところである。この地域は奇岩の雰囲気が楽しめるという触れ込みだったが、それらしい気配はまったく感じられない。ただ、普通の平凡な景色が広がっているだけである。これは期待外れもいいところだ。そんなところだから、ホテルでしか食事は取れない。ここユルギュップの町は小規模の商店街しかないので、このシ−ズンオフで客も少ない今の時期には、店はどこも早仕舞して閉めてしまう。いきおい、ホテルでの食事にならざるを得ないのだ。
 

そんなに広くないダイニングル−ムに案内されると、片隅で若いカップルが食事を楽しんでいる。お客がほんとに少ない。宿泊客は何人ほどいるのか尋ねてみると、今夜はわずかに7人だけという。どうりでガランとしているはずだ。とにかく席に座ってメニュ−を見せてもらうと、ビ−フ料理にスパゲッティ料理が目にとまる。そこでまず今夜は、スパゲッティ料理をいただこう。ス−プはどれがお勧めかと尋ねると、今夜の特製ス−プはこれですといって勧める。これにビ−ルも注文する。
 

やがて運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、ビ−ルで一人乾杯する。一人では愛想がないので、ついあちらのカップルに目がいきがちとなる。すると向こうのカップルもそれに気づいて、にっこりと笑っている。そこですかさず「イイ アクシャムラル(こんばんは)」と声をかける。相手は、ちょっと驚いて嬉しそうに「イイ アクシャムラル!」と返してくる。
 

そこで続けて「ご旅行ですか?」と尋ねると、「私たちは、いま新婚旅行中なんです。」と新婦のほうが上手な英語で答える。それをきっかけに、いろいろと話がはずむ。3日前に挙式したばかりで、その後この地に滞在しているという。イスタンブ−ルの近くの町に住んでいて、夫はコンピュ−タ−関係の仕事を、新妻の自分は学校の教師をしているという。高校での同級生同士なのだという。新郎のほうは英語が話せないので、2人の会話に入れず、ちょっと恐縮である。相手が繰り出す質問にも答えながら、美味しいスパゲッティ料理を片づけていく。ボ−イが勧めたように、なるほどこのス−プはなかなかうまい。
 

お互いのテ−ブルが少し離れているので、話すのにはちょっと不便である。あまり大声を出すのもなんだし……。そうこうしているうちに新婚カップルは食事を終わり、一足先に席を立つ。ボ−イが「デザ−トは何にしますか?」と尋ねるので、ビタミン不足にならないようにフル−ツを注文する。出されたデザ−トはフル−ツの盛り合わせで、バナナ、リンゴ、オレンジ、モモ、イチゴ、それに珍しい柿などが盛られている。富有柿に似た美味しい味で、トルコでこんな柿に出会うなんて珍しいことである。フル−ツを残さないように押し込んで、お腹いっぱいとなる。
 

精算はル−ムチャ−ジにしてくれとボ−イに頼むと、ビ−ル代金は別枠だから別に支払ってくれと奇妙なことを言い始める。ル−ムチャ−ジにできないのかというと、「別枠だからできません。」という。じゃ、一緒にフロントに行こうと声をかけると、「私が尋ねてきます。」という。
 

戻って来た彼は、「OKです。承知しました。」という。その訳を聞くと、このホテルでは、一般的に食事込みの宿泊料金になっているそうで、その場合飲み物は別払いになるのだという。それで事情が呑み込めた。私の場合は、食事込みの料金ではないのに、それと勘違いしてビ−ル代金を請求していたわけだ。だから、だまってそれに従っておけば、夕食代がタダになっていたかも知れないのだ。残念。しかし、ビ−ル代も全部含めて今夜の夕食代は600円也(スパゲッティ200円、フル−ツとビ−ルで400円)である。これだけの料理なのに、大きなホテルにしてはほんとに安い。
 

ロビ−に出てフロントの女性スタッフに明日の天候のことを聞くと、「大丈夫ですよ。心配いりません。」という。そこをちょうど通りかかった別のスタッフが、そのことを聞いて笑っている。そして、「ほれ、あれを見てごらんなさいよ。」といって、玄関口を指さしている。窓越しに見る夜の暗闇の中に白いつぶが静かに舞っている。雪が降っているのだ。女性スタッフは苦笑いしながら、「ソ−リ−、サ−」と謝っている。この分では明日は雪になるのだろうか。



(次ページへつづく)










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