列柱の間に設けられた足場の通路を通って一巡してみる。入場者は少なくて数人しかいない。奥のほうまで進むと一段と薄暗くなって無気味な感じである。水滴がポチャン、ポチャンとしたたり落ちる水面をよく見ると、澄んだ透明のきれいな水が50cmほどの深さにたたえられている。その中を、体長30cmほどの魚が群れて泳いでいる。その魚種は分からない。地下貯水池の柱にこんなしゃれた石柱を使うなんて、古代人はなんと優雅なセンスの持ち主なのだろう。その宮殿風の列柱が、なんとも不思議な空間をつくり出している。
地下宮殿のカフェ
ふと目を横にそらすと、この空間の片隅にカフェテラスが店を開いているのが見える。よし、ここで一服休息だ。そこは薄暗い中にいくつかのテ−ブルが並べられ、卓上にはキャンドル・ランプが置かれている。独りイスに腰を下ろす。他にはだれもお客はいない。すかさずやってきた店の主人に何があるのか尋ねと、「ティー、ターキッシカフェ、コーラ、オレンジジュース」などと並べ立てる。そこで「ターキッシカフェ(トルココーヒー)」を注文する。「シュガー?」と尋ねるので「ル−トファン(Please)」と答える。テーブルのローソクに火が灯されると、なんだか幻想的な雰囲気が漂い始める。
間もなくコーヒーが運ばれてくる。見ると、上品で小さなカップにややドロついて黒々としたコーヒーが注がれている。それを受け取って静かにサジでかき回し、飲み始める。初めて飲むトルココーヒーである。う〜ん、これはドロついていて、あまり美味しいものではないぞ。普通のコーヒーを飲みつけた口にはどうも合わないようだ。でも、注がれた分量は少しなので、すぐに飲み干してしまう。その場の雰囲気を味わおうと、その後もゆっくりと座って時を過ごし、疲れをいやす。ふと水面に目をやると、大小の魚がゆっくりと泳いでいる。
やがて店の主人に手をあげて合図し、勘定を促す。やってきた主人は、「600,00OTL」という。薄暗い中でお札を出しながら、回転の鈍った頭で日本円への換算を始める。トルコリラでの支払はここが初めてなのである。
この国はインフレが激しいらしく、その通貨はゼロがいくつも並んでいて取り扱いに煩雑である。でも、10,000,000TLのお札をもらうと、なんだか金持ちになったような錯覚を覚えるのも事実だ。日本円に換算する時は、ゼロを3つ落とした金額を5で割ればいいと現地のガイドさんは案内する。しかし、これでは面倒くさい。そこで私が、「ゼロを4つ落として2倍したほうが分かりやすいのでは?」と提案すると、「なるほど、割り算するよりそれが簡単ですね。」という結論になる。例えば、1,000,000TLの場合、ゼロを4つとって「100」とし、これを2倍した「200」が日本円への換算額になる。つまり「200円」というわけだ。でも、これはあくまで現時点での換算であって、その後のインフレや相場の変動で換算率は変わってくるのでご注意を。
エジプトから来たばかりなので、エジプトポンドの感覚が残っており、換算にとまどってしまう。あやふやな換算のまま、何気なくお札を渡してしまう。主人が立ち去ってから、ゆっくり考えてみると、どうも金額が高いような気がする。自分の計算では「1,200円」になるようだ。たった1杯のちっぽけなコーヒーなのに、これはなんというボリ方だ。これはあまりに高すぎる! そんな思いがむらむらっとわきあがる。
そこで立ち上がって主人のいる方へ歩み寄り、「代金が高すぎる。お金を返してくれ。」と文句をつける。すると主人は、価格表を見せながら、「ティーは300,000、コーヒーは600,00OTLですよ。」と主張して引き下がらない。そこであきらめ、引き上げることにする。それにしても、ボラれ過ぎで不愉快な思いがしてならない。観光客と思ってボルのかなあと、これでトルコの印象がいっぺんで悪くなる。
リンゴ茶
不愉快な気持ちを抱きながら地上へ出てぶらりと歩き出す。すぐ近くの小さな旅行社の前を通りかかると、表に出ているそこのオ−ナ−が片言の日本語で話しかけてくる。「どこへ旅行するのか、旅行の手配はいらないか」などとセ−ルスに懸命である。「イスに掛けてとにかく熱いリンゴ茶でも飲んでください。」と引き止めるので、時間の余裕はあることだし、それに付き合うことにする。意外に美味しいホットなリンゴ茶をすすりながら、地下宮殿でのコ−ヒ−代が高くて不愉快な思いをしたことなどを話して聞かせる。
耳を傾けていたそのオ−ナ−は、十分に日本語が理解できないらしく、けげんな顔をしている。その顔を眺めているうちに、ふと先ほどの換算が間違っていることに気づいたのだ。つまり、600,00OTLということは、ゼロを4つ落として「60」となり、その2倍で120円の計算になる。先ほどのカフェでは、ゼロを1つ落としそこなっていたのだ。持ち金も確かに合っている。これはとんだ失礼なことをしてしまった! あの主人がボルようなことはしないはずだ。心の中で深くお詫びをすることしきりである。
青年実業家
オ−ナ−とトルコ大地震のことなど世間話をしていると、知人らしい若い青年が通りかかる。その青年は驚くほど上手な日本語を話し、いろいろと話しがはずむ。日本では6ヶ月滞在して国内数カ所の窯元を回って陶磁器の勉強をしたという。彼は陶磁器製作のア−チストでもあり、また陶磁器販売の青年実業家でもあるのだ。24歳の若さだというのに、この近くに自分の店を持っているという。俄然、彼のことに興味がわき、その店を訪問してみることにする。
オ−ナ−に礼をいって別れを告げ、2人は電車の線路を渡ってヒポドロムの方へ歩き出す。ここはロ−マの大競技場跡でブル−モスクのすぐ横に隣接しており、かつては戦車競技が行われていたという細長い広場である。その一角にはエジプトのカルナック神殿からロ−マ皇帝により運ばれたという由緒あるオベリスクが立っている。こんなところにまで、古代エジプトのオベリスクが持ち出されるという歴史のいたずらに、いたく感じ入ってしまう。それを横目で見上げながら広場を通り抜け、商店やホテルが立ち並ぶ裏通りに出る。彼の店は、その通りの辻の角にある。
案内されて店内に入ると、高価な陶磁器類やタペストリ−が整然と展示されている。ここでも紅茶の接待を受け、椅子に腰掛けながら商売の話などいろいろと話題を広げる。話によると、年に数回はニュ−ヨ−クやパリに出向いて商品の仕入れをするのだという。そこで自分の気に入った物を持ち帰り店に展示するのだそうだ。また、自分でも国内や日本などで焼物や絵柄の修業を積んでいて、その作品も展示している。彼は語学にも堪能で、英語はもちろん、フランス語、トイツ語、日本語を操るバイリンガル青年でもあり、上顧客はフランス人観光客だという。だから、彼の商売にはフランス語は欠かせないのだという。
ひとしきり話が終わると、2階と3階を案内してもらう。2階は彼の事務室となっていて、パソコンが置かれている。インタ−ネットで店のホ−ムペ−ジを開設しているそうだが、海外出張中に接続期間が切れていて今日は見れないという。3階は自作の作品やタペストリ−が展示されている。その上は屋上になっている。そこはよい展望がきくというので案内してもらう。
屋上に出ると、なるほど、すぐ目の前には鋭くそびえるミナ−レに囲まれたブル−モスクが迫っており、その左手遠くにはアヤソフィアの赤いレンガ色の建物が展望できるのだ。
青年実業家のビルの屋上・左前方はアヤソフィア、右手はブルーモスク
この位置から判断すると、この鉄筋3階建ての建物は場所的にはかなりの好位置に立地しており、しかも通りの角地に面しているので相当の値段であろう。それを彼の若さで手に入れ、海外を飛び回りながら商売をするのだから、大した才覚の持ち主なのだ。でも、借金して買ったので返済が大変だという。この国はインフレがひどいので、資金はすべてUSドルで預金しているという。なかなか抜け目のない御仁である。
ホテルへ
ここで1時間ほど過ごした後、彼に別れを告げると、もと来た広場を戻って路面電車の通りに出る。これからホテルへ戻り、バッグを受け取って別のホテルへ移動しなければならない。なぜ、このような不始末になったのかというと、もともとツア−の一行は、これから移動するホテルに1泊する予定だったのだ。それが急きょワンランク格上げされて昨夜のホテルに宿泊となったのである。ところが当方の予約は、これから向かうホテルになったままのだ。それをランクアップしてこのホテルに変更すると、かなりの差額を払うことになってしまう。それは無駄なことだから、やむを得ずこの移動となったわけである。だから、このホテルのランクアップ変更は、私にとっては迷惑千万な話だったのである。
これから路面電車に乗ってホテルへ向かう。すぐ前には「スルタンアフメット」駅がある。その細いホ−ムの端にあるチケット売り場で「ビル ル−トファン(1枚お願い)」といって乗車券を購入する(1枚50円)。しばらく待つと、シルバ−グレイのスマ−トな電車がやってくる。それに飛び乗り、手元のマップと車内の案内地図を見比べながら下車駅を確認する。ここから10駅目の「パザルテッケ」駅で下車なのだ。目指すホテルは、その駅前にある。ここはまだ旧市街の中である。そのことは、今朝ホテルを出るときに確認済みである。
旧市街を走るスマートな路面電車
運賃は50円と安い
乗り心地は満点。車内もなかなかきれいなものだ。駅名を告げる車内放送を注意深く聞きながらきょろきょろと移り行く景色を眺めていると、間もなく下車駅だ。難なくホテルでバッグを受け取ると、今度は新市街の中心タクシム広場の近くにあるホテルまで移動する。そこで、ホテルのボ−イさんに、「タクシムへの行き方を教えてくれ。」と尋ねると、「タクシ−に乗りなさい。」とそっけなく答える。そこで「バスで行きたいのだが……。」と切り返すと、首を傾げながら「ちょっと分かりにくいですよ。」といいながら、メモ紙にバス停へのコ−スと83番のバスに乗ることを書いて渡してくれる。「テシェッキュレデリム(ありがとう)」と礼をいって立ち去る。
ガイドブックにも、市内のバスは分かりにくいので、タクシ−を利用するのが便利だろうと書いてある。ものはためし、乗ってみないと真偽のほどは分からない。教えられたとおりにホテル前の通りを真っ直ぐ5分以上歩き、そこから角を左に曲がって入って行くと、その遠くに何台ものバスが並んでいるのが見える。あれがバスのタ−ミナルなのだ。近づいてみると、各方面行きのバスがずらりと並んで人混みで混雑している。見回すと東洋人は私ただ一人だ。通りの屋台のオジさんに、「ビレット ネレデ?(切符はどこでしょうか)」と尋ねると、あそこの店だと小さな雑貨店を指さして教えてくれる。
そこで1枚60円のチケットを買いながら、「タクシム オトビュス ネレデ?(タクシムへのバスはどこ?)」と尋ねると「エイティ スリ−(83番)」と英語で答えながら、左のほうへ進みなさいという。雑然と並んだバスの番号と停留所の表示盤をいちいち確かめながら、その方向へ進んで行く。そして、かなり先のほうでやっと目指す83番のバスを発見。運転手に「タクシム OK?」というと、だまってうなずく。
まばらな乗客を乗せて、バスは金角湾にかかるアタテュルク橋を渡り、ほどなく新市街の中心タクシム広場へ到着。ここはバスの終点になっているので、みんなと一緒に難なく下車。そこはヨ−ロッパによく見られる街の中心広場で、周辺には高級ホテルやショッピング街があり、イスタンブ−ルでもハイセンスなエリアとなっている。ここから地下鉄駅までイスティクラ−ル通りを路面電車が走っている。
マップを広げて見るが、今どの位置に立っているのか分からない。そこで通行人の男性に、目指すホテルへの通りがどの位置かを尋ねて確認し、歩き始める。途中、何度かホテルの名をあげて尋ねながらやっと到着。おや? ランク下とはいえ、昨夜のホテルと同じ系列なのに、かなり程度の差があるようだ。玄関も貧弱だ。中に入ると、やや狭いフロアがあるのみで、フロントも係が1人だけでひっそりとしている。う〜ん、これは随分な違いだぞ。差額料金が高かったはずだ。
フロントマンにバ−チャ−を提示してチェックインが終わると、すかさず今夜のディナ−付きベリ−ダンスショ−の予約を「ディナ−抜き」で申し入れる。その場所は新市街のランドマ−クともなっているガラタ塔の最上階にあるナイトクラブである。そこは夜の9時から始まり、眼下に夜景を見下ろしながら、ベリ−ダンスや民族音楽を楽しめるのである。ついでに、この近くにあるハマム(トルコ風呂)の場所も教えてもらう。本場トルコ風呂を初体験しようとの魂胆である。
荷物を持ってエレベ−タ−に乗ろうとすると、な〜んだこれは! 自分でドアを開閉する内壁丸見えのクラシックなエレベ−タ−なのである。この手のものは、注意しないと壁面に触れて危ない。やはりホテルのランク差は歴然としたものである。部屋の設備も見劣りがする。とにかく旅装を解いて一服していると、フロントからの電話で今夜のベリ−ダンスの予約が取れた旨の連絡がある。
ハマム体験
時計を見ると、もう午後の3時を回っている。では、ハマム体験へ出かけるとするか。最小限の軍資金を持つと、フロントに貴重品預かりを依頼してすべてを預け身軽になって出動だ。まずはその前に、腹ペコのお腹を満たさなければ。適当な昼食場所が見つからず、この時間までお預けになっている。そこでタクシム広場へ出かけ、そこで見つけたマクドナルドへ飛び込み、フライドポテトとオレンジジュ−スを注文する。しめて300円である。かなりのお客で賑わっている。マックはどこの国に行っても結構お客が多い。
お腹が落ち着いたところで、いざハマムへ出発だ。書いてもらった地図を片手に、路面電車が走る繁華街イスティクラ−ル通りを歩き進む。道の両側には様々な商店が軒を連ね、日曜日とあってかショッピングや恋人らしい若いカップルなどで賑わっている。人込みをかき分けながら歩くこと15分、やっと目指すハマムへたどり着く。そこはメインストリ−トから細い辻を入ったその奥にある。大きなド−ムの屋根が見えるので、一見してそれと分かる。
ちょっと緊張気味にドアを開けて中へ入ると、大きなビール腹を突き出した大柄で屈強な半裸の雲助オジさんたちが居並んでこちらをにらんでいる。その雰囲気に最初からビビリそうな気持ちになってくる。果たして無事帰してもらえるのだろうか? もみくちゃにされて、体が壊れるんじゃないだろうか、などと少々心配になってくる。すぐ横にレジカウンタ−がある。その横で突っ立っている大柄なオヤジさんに、「ブ ネ カダル?(いくらですか)」と尋ねると、壁に貼られた大きな料金表を指し示す。そこを見ると、入浴料×××、マッサ−ジ×××、アカスリ×××、合計11,250,000TL(2,250円)と表示してある。これはおかしい。ホテルのフロントマンは、全部込みで6,000,000TL(1,200円)もあれば十分だといっていたのだが……。これでは2倍近くにもなるではないか! そこで値段表を指差しながら「エクスペンシブ!」とぐちると、それが分かったのか、無言で首を横に振る。そうじゃないとの意思表示だ。
ここで断っても、折角のハマム体験がおじゃんになってしまう。まあ、値段表も掲示してあるのだからボルことはなかろうと、意を決して奥へ進んでいく。料金は後払いなのだ。それにしても、余裕のお金を持ってきてよかった。辺りを見回すと、あまりお客の気配はない。待ち構えていた個室係のオジさんが、早速私を2階の個室着替え室へ案内する。脱いだ靴は靴番のオジさんが下駄箱にしまっている。個室にはマッサ−ジ台のような小さなベッドが置かれ、そこに一枚の腰巻布が用意されている。係のオジさんが、それに着替えろという。そこで、素っ裸になって腰巻布一枚の姿になる。
係がドアのカギを締めると、そのカギを持たされて階下へ下り、今度はいかつい雲助さんに案内されて浴室へ向かう。扉を開けると、そこは控えの間。途端にムーツと熱気に包まれ息苦しくなる。ここからすでにサウナ状態になっている。そこを素通りして次の扉を開けると、そこが広い広い浴室だ。さらに強い熱気が全身を包む。息苦しいほどの熱気がその広い空間いっぱいに充満している。しかし、湯気ひとつ立ちのぼっておらず、ただ目に見えない熱気だけが伝わってくる。お客はだれもいない。
サウナが苦手な私にとって、この迫りくる熱気はまるで蒸しパンにされそうな感じである。こんな熱気の中に体をさらしていて果たして大丈夫なのだろうか。血圧が上がって脳出血でも起こしたら大変なのだが……。そんな老齢らしい心配が脳裏をよぎる。
その部屋は10m四方もある広い部屋で、高い天井はドーム状になっており、床も壁もすべてが大理石張りになっている。豪華なものだ。部屋の中央には5m四方で高さ50cmぐらいの多角形の台が設けてあり、これも総大理石張り。その上に薄い布切れを敷き、スポンジの枕を置くと、そこに上がって横たわれという。その台はじかに触れると熱くてさわれない。
雲助のオツサンは、そう指示すると、私をその熱気に包まれた広い空間にたった1人を残して部屋から立ち去ってしまう。ほんとに大丈夫なのか、ちゃんと迎えに来てくれるのかと不安がよぎる。覚悟を決めて台の上にあがり、そこに腹這いになって寝そべる。う〜ん、熱い。しばらくすると頭の先から足の先まで、汗がじわじわと吹き出てくる。今度は体を回転させて仰向けになって寝そべる。あたかも焼き魚のように体を裏表まんべんなく温める。
間もなく、トルコ人らしい客が1人案内されて入ってくる。やれやれ、これで孤独空間の不安から開放され、ほっとした気分になる。20分ほど経った頃、担当の雲助さんがやってくる。なにやら液体を入れた桶を持っている。うつ伏せになっていると、そのヌルヌルした液体を体全体に流し塗り、強烈なマッサージが始まる。揉むのではなく、体重をかけて手の平で体を圧迫しながら全身を足先まで強烈にマッサージするのだ。体にまたがり、体重を乗せながら両手でこするようにマッサージする。時折、腰部のあたりでギュッギュッと強く圧迫したり、両足を折り曲げて押さえ込んだりする。その度に、ウッウッと声がもれてしまう。強力で迫力あるマッサージだが、気持ちは上々。その激しい運動に雲助さんの荒い息遣いが耳元で聞こえる。
今度は仰向けになってのマッサージだ。また液体を塗りたくり、首から胸、腹部、そして足の指先まで強烈マッサージが続く。激しいが、なかなか気持ちのいいものだ。激しいマッサージに時折、腰巻き布がめくれてチンチン丸出しとなる。同性のものを見てもしようがないのだろうが、めくれる度ごとに、濡れた腰巻き布をヒタッと被せ直してくれる。彼はきっと国際的な比較研究が進んでいるのに違いない。
そんなことども思っていると、マッサージが終わり、今度は台から下りろという。そして壁ぎわに何ヶ所か設けられている小さな水溜めプールの側に連れて行き、その前に腰掛けさせる。その中へ蛇口からどんどんぬるま湯を出して溜め込むと、今度はそれを頭からじゃんごらじゃんごらぶっ掛けて流し始める。予告もなしの突然のことで、アップアップしながらうろたえている。口をつぐんだままでは鼻から水が入って息ができない。そこは経験がものをいうのである。うつむいて口をいっぱいに開け、口で息をすればOKなのだ。
流し終わると、今度はアカスリが始まる。ザラザラした生地の布袋を手にはめて顔から首、胸、腹部、背中、足とこすっていく。これもなかなか激しいが、いい気持ちである。小イスに座っているので、台の上にいる時以上に腰布がはだけて丸出し状態になってしまう。今度は自分で被せたり、彼が被せたりと交互に“国際交流"が始まる。
アカスリが終わると、もう一度頭からザブンザブンとぬるま湯を浴びせ掛け、それで終了である。すると、すかさず「グッドマネー、グッドマネー?」と、早くもチップを要求する。こちらは素っ裸だというのにである。そういいながら新しい腰布に着替えさせ、そのまま熱気のあふれる浴室を出て控えの間に通される。ここでバスタオルを肩からかけてくれ、イスに腰掛けさせて、しばらくじっとしていろという。早く開放されたいのに、なかなか許しが出ない。
10分足らず座って待っていると、案内されて玄関ホールへ出る。これでやっと普通の涼しい空間に出られたのだ。やれやれである。今度はそこに並べられたイスに再び座らせられ、じっと待たされる。多分、段階的に体を冷やしていくのだろうと勝手に解釈する。一服すると、今度は飲み物は何がいいかと尋ねてくる。そこでコーラを注文し、それを飲みながら、果たしていつになったら開放してくれるのだろうと、そのことばかりを考えながらじっと待っている。
イスに座ったまま20分ほど待たされてから、やっと個室の着替え部屋へ案内される。その頃には火照った体も治まり、汗もなんとか引いて落ち着いている。とにかく早くここを脱出したいと、あせりながら着替えをすませ、帰り支度を急ぐ。階下へ下りると、下足番のオジさんがしまっていた靴を持ってきてくれる。やっとの思いで靴を履こうとすると、着替え室のオジさんが「マネー、マネー」と耳元でうるさいほどささやく。「ノーマネー、ノーマネー」と振り払うようにして靴を履くと、今度は下足番のオジさんが同じようにねだり始める。
それでも「ノーマネー」と断わりながら玄関へ向かおうとすると、だれかが担当の雲助オジさんを呼んでくる。これには参ってしまう。彼は当然のようにチップを要求してくる。こればかは断わりきれず、チップを渡すことにする。100円ぐらい渡すと、なんとか引き下がったので、もうこれで放免とばかりに玄関へ急ぐ。が、そう簡単には問屋が卸してくれない。今度はレジのところで、おっさんが手を差し出している。「?」またチップの要求?と思っていると、先ほど飲んだコーラの代金を要求される。あれっ? 飲み物の代金は入浴料に含まっているのじゃないのかなあ? そう思いながらも、代金を支払うと、またまたそのおっさんがチップを要求してくる。これもガンとして断り、急いで玄関口へ。ドアを開けながらチラツと振り返ると、みんな恨めしそうな苦い顔をしてこちらをにらんでいる。
とにかく外に逃げ出してほっと一息。落ち着いて思い出してみると、着替え室のおっさん、下足番のおっさん、レジのおっさん、それに雲助のおっさんと、合わせて4人もの人たちが群がってチップを要求したのだ。それぞれにチップを振舞ってもいいのだが、実は持ち合わせのお金がなかったのだ。というのは、入浴ということで貴重品類をすべてホテルに預け、入浴料と帰りに食べる予定の夕食代分しか持参していなかったのだ。その上、入浴料金が予想の倍額となったため、いよいよ不足している。「そんなわけだから、ごめんよ。」と心の中でつぶやきながら、ゆっくりと歩き出す。
おや? 旅で疲れた体がすっきりと軽くなっている。長歩きで疲れた足も軽い。すきっと爽快な気分になっているではないか! う〜ん、これが本場のトルコ風呂の効用なのか。そう感心しながら、開放された安堵感と爽快さが入り混じった心地よさに、もうすっかり暗くなった賑やかな通りを颯爽と歩き出した。
入浴時間は休憩も含めて約1時間。入浴料はマッサージ、アカスリの全部を含めて11,000,000トルコリラ(2,200円)。ホテルマンは全部で6,000,000リラといっていたのに、その倍額になっている。帰ってから、そのことを伝えると、1ヶ月前までその金額だったのですという。いくらインフレが激しい国とはいえ、それはないでしょうと悔やむことしきりである。
夕 食
通りを戻りながらベリ−ダンスの前に夕食を取ろうとポケットのお金を確かめてみると、残金はきっかり2,000,000TL(400円)分しか残っていない。折角の夕食代が予定外の出費でへずられてしまったのだ。これでなんとか夕食を都合つけなくてはと思い、予め目星をつけていたビュッフェへ飛び込む。そこの美味しそうな肉のシチュウが目に入っていたのだ。
お客の列に並んで100万トルコリラのお札2枚を係に示しながら、ショ−ウィンド−に並んでいる肉のシチュウ−を指差し、「ル−トファン(Please)」と伝えると、彼はそれを理解したらしく、皿を取って盛り付けてくれる。それを持ってオ−ナ−らしいレジのオヤジさんのところへ移動してお金を支払う。と、その時、レジのすぐ横にパンが山積みされているのが目に入る。そこで、パンを指差しながら「OK?」と厚かましくも許しを乞うと、親切にも「3種類の中から好みを選びなさい」と、サ−ビスしてくれる。お金がないので、大助かりである。にっこり笑いながら、「チョク テシェッキュレデリム(大変ありがとう)!」と礼をいって奥のテ−ブルに陣取る。思ったとおり、ポテトと羊肉を柔らかく煮たとても美味しいシチュウに舌鼓を打ちながら、お腹を満たす。
ガラタ塔へ
満腹のお腹を抱えてホテルへ戻ると、フロントマンが「恐縮ですが……、残念ながら今夜のディナ−ショ−はキャンセルになりました。どこか別のところをお取りしましょうか?」と思いがけないことをいうではないか。予約が取れたといっていたのに、これはどういうことだ。そこで理由を尋ねると、私には分からないという。どうも変だぞ、その裏には何かがあるような気がする。多分、こちらがディナ−付きで予約しなかったので、他の客を優先し、こみやられたためではないか……、そんな疑惑がこつ然とわきあがってくる。他のクラブはレベルが下がるらしいので、フロントマンの申し出をとにかく断ることにする。
そこで、ここはガラタ塔へ直接出向いて談判してみようと、再び夜のストリ−トへ飛び出す。近くに数台のタクシ−が憩っているので、一人の若いドライバ−にガラタ塔まで料金は幾らだと尋ねると、「300万TL(600円)」という。そこで、値引き交渉を行った末200万TLで交渉成立し、ガラタ塔へと向かう。それほどの距離はないので、間もなく到着である。
前方を見ていたドライバ−が「うん? どうしたのか?」と怪訝そうに首を傾げている。いつも通っている塔への道が通行禁止になっているというのだ。仕方なく、迂回して塔の入口に回り込む。そこは人の気配もなく、真暗になっている。ドライバ−が下車して、様子を確認している。なんと、そのガラタ塔は工事中で、入場禁止になっているのだ。1週間後までかかるという。これで疑問の全てが解明されたわけだ。それにしても、なぜ最初からそのことが分からなかったのだろうか、これもトルコの不思議の一つである。
ドライバ−が別のクラブへ案内するというのを断わり、折角だからガラタ橋まで行ってくれと頼む。金角湾の夜景を眺めるためだ。距離は目と鼻の先である。橋に差しかかったところで車を止め、金角湾に映えるエキゾチックな夜景をカメラに収める。対岸には2本のミナ−レがそびえる白亜のモスクがライトアップされて、夜の暗闇の中にぽっかりとその姿を浮かび上がらせている。右手遠くにも、モスクがかすんで見える。やはり、夜景の中にもイスラム世界が君臨しているといった感じである。
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